Glycoscience World 生化学工業株式会社
第9回[ウイルス感染]「顔」見知りを狙い撃ちするウイルスたち
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第1回
[糖質科学への招待]
生命現象の隅々で
見え隠れする糖鎖

第2回
[受精]
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[細胞外マトリックス2]
健康な体を支える裏方―
コンドロイチン硫酸

第6回
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細胞のヒソヒソ話を
漏らさず中継―
ヘパラン硫酸と成長因子

第7回
[血液型]
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第9回
[ウイルス感染]
「顔」見知りを狙い撃ちする
ウイルスたち

第10回
[糖質科学の応用展開]
医療応用への可能性が
広がりつつある糖鎖
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Question
そろそろ、インフルエンザウイルスが猛威をふるうシーズンです。どのようにしてウイルスは人間の細胞に感染するのでしょうか?
Answer
インフルエンザウイルスの膜表面からは「ヘマグルチニン(赤血球凝集素)」と「ノイラミニダーゼ」と呼ばれる2つの糖タンパク質が外へ突き出ています。ヘマグルチニンは、感染の最初のステップとなる宿主細胞(ウイルスに侵入される細胞のことで、その細胞の中でウイルスが増殖する)への結合を担っていますが、細胞のどこにでも結合できるわけではなく、細胞表面にある特異構造をもつシアル酸の糖鎖を「狙い撃ち」してきます。インフルエンザウイルスはまず、このシアル酸という糖鎖に結合して、感染を果たすわけです。

ワクチンによって体の中にできる抗体は、このウイルス表面のヘマグルチニンと結合することで、宿主細胞へのウイルス感染を阻止するのです。現在使われている不活化ワクチンはこのヘマグルチニンが主成分となっています。

ノイラミニダーゼは、ウイルス自身が感染細胞から外へ出て行く際に、シアル酸を切り離してウイルスを細胞から遊離させるものですが、いくつかの抗インフルエンザ剤は、このノイラミニダーゼを阻害することでウイルス感染細胞から次の細胞への感染拡大を阻止しています。ノイラミニダーゼは、抗ウイルス剤のターゲットとして現在注目されているものです。

インフルエンザウイルス以外にも、細胞表面にある糖鎖に結合して宿主細胞に感染するウイルスは少なくありません。例えば、エイズウイルス、ヘルペスウイルスB型肝炎ウイルス、そして新型肺炎SARSの祖先と言われているコロナウイルスなどが糖鎖を「狙い撃ち」することで知られています。もちろん、ウイルスによって、感染する種、細胞は千差万別ですし、結合する糖鎖も異なりますが、細胞表面の糖鎖はウイルスの格好の「標的」にされていると言ってもよいでしょう。

細胞の中における糖鎖の正確な役割はまだ明らかにされていません。しかし、以前のコラムで「糖鎖は細胞の顔である」と表現したように、研究者の間では、糖鎖は細胞のバリエーションを生み出すと考えられています。


図1

▲インフルエンザウイルスと糖鎖

Question
インフルエンザにかからないように予防接種をしても、そのワクチンが効いたり効かなかったりするのはなぜでしょうか?
Answer
インフルエンザウイルスはA型、B型、C型の3つに分類されますが、ヒトのあいだで流行を繰り返して問題とされているのはA型とB型のもので、特にA型が頻繁に変異を繰り返して話題となっているものです。現在の予防接種ワクチンは、このA型とB型のインフルエンザウイルスの流行予測調査に基づき、その年に流行しそうな型を予測し、通常は3種類のインフルエンザウイルスワクチンをブレンドして作られています(たとえば2004年度のワクチンの場合、Aソ連型、A香港型とB型という3種類のウイルスのヘマグルチニン蛋白を含むワクチンです)。

ワクチンはこのようにして作られますが、接種による防御効果は完全というわけではありません。しかし、予防接種により、高熱などの症状を軽くし、合併症による入院や死亡を減らすことができると言われています。特に高齢者や基礎疾患(呼吸器疾患、慢性心不全、、糖尿病、腎不全など)を有する人はインフルエンザが重症化しやすいので、ワクチン接種が望ましいとされています。

100%の防御効果を示さない理由としては、さまざまな議論があります。皮下接種なのでウイルスの感染防御に大きな役割を果たすと考えられる気道の粘膜免疫への働きが弱いことや、流行を予想して接種しても、その人が、以前に感染または接種を受けたウイルスに対して反応し、実際のウイルスに対する免疫刺激が弱められてしまうことがあるなど多くの要因があげられています。

現在、予防効果をよりあげるために弱毒化した生ワクチンを鼻から投与する方法をはじめ、アジュバント(ワクチンの効果を高める補助剤)の工夫や人工膜ワクチンなど、新しいワクチンの研究が進められています。

また、糖鎖科学の研究がさらに進み、ウイルスと糖鎖の相互作用のメカニズムが明らかになれば、感染症に対して、より予防能力の高いワクチンや有効な抗ウイルス薬を作り出せる可能性もでてきます。生物の体内におけるウイルス感染という現象にも、糖鎖のもつ多彩な機能が役割を果たしているといえるでしょう。

Advanced Information
Glycoforum
『Glycoforum』のコンテンツである「GlycoWord」では、糖質科学研究のキーワードをジャンル別に分類し、その分野における専門の研究者が解説しています。
インフルエンザウイルスとガングリオシド
インフルエンザウイルスとそのグリコレセプター:ヒトおよび動物インフルエンザウイルスの宿主域変異


国立感染症研究所
感染症に関する国の保健医療行政を支援する、国立感染症研究所のWebサイトです。 「インフルエンザワクチンについて」では、インフルエンザの問題点や予防、ワクチンについてまとめられています。

参考文献

鈴木康夫:「ウイルス感染と糖鎖」,『別冊日経サイエンス111 糖鎖と細胞』(1994)


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