Mar. 15, 1998

排卵と受精におけるヒアルロン酸の役割(1998 Vol.2, A2)

Antonietta Salustri / Csaba Fulop

Dr. Salustri

氏名:Antonietta Salustri
Antonietta Salustriは1976年ローマ大学“La Sapienza”からPh. D.を優秀な成績で授与された。L'Aquila大学の組織学・発生学研究所の助教に任命された後、1984年に彼女はローマ大学“Tor Vergata”医学部公衆衛生・細胞生物学部へ移り、現在はここの准教授である。Dr. Salustriは排卵前期の卵胞におけるヒアルロン酸合成の、内分泌およびパラクラインによる制御の分野におけるパイオニアとして国際的に広く知られている。NIHにおける1989/90年のサバティカルの間、彼女は柳下正樹博士およびVincent Hascall博士と卵丘細胞−卵母細胞複合体の膨張の生化学について研究し、このプロセスにおけるヒアルロン酸の役割を明らかにした。

Dr. Fulop

氏名:Csaba Fulop
Dr. Csaba Fulopは、1995年ChicagoのRush大学からPh. D. を授与された。彼の学位論文のテーマは、軟骨の大きなプロテオグリカン(アグリカン)に関するもので、特にこの分子のEGF様ドメインの種特異的alternative splicingに焦点を当てた。学位取得後、彼はCleveland Clinic FoundationのBiomedical Engineering部門に入り、現在はここのResearch Associateである。現在の研究は卵丘細胞−卵細胞系における、ヒアルロン酸合成酵素-2 (HAS2)およびヒアルロン酸結合タンパク(バーシカンとTSG-6)の分子生物学と転写制御に焦点を当てている。

1. はじめに

ヒアルロン酸(以下HAと略記する)の合成とその細胞外マトリックスへの組み込みは、ヒトを含むほとんどの哺乳動物の排卵と受精の成功に関与するプロセスである。この解説は、主にげっ歯類動物を用いた最近の研究に基づいて得られた、これらの過程に関する概念について記した。

2. 排卵前期の卵胞

排卵される運命をもったネズミの卵胞は、血中ゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)の上昇に先立って中央の空洞の周りに数層に分布した50,000前後の顆粒膜細胞をもち、その一番外側の細胞は基底膜に付着している(Fig.1)。最初の減数分裂前期で停止した卵母細胞は、密着した約1,500個の卵丘細胞に囲まれることで、コンパクトな卵丘細胞−卵母細胞複合体(以下COCと略記する)を形成し、この中で卵丘細胞は広範囲にわたるギャップジャンクションのネットワークを通して、卵母細胞および互いに細胞間通信を維持する。COCを浸している卵胞液は、巨大分子を含んでいる。これらは局所合成されたものか、一部は卵胞周囲の莢膜結合組織中にある広範な毛細血管網を通じて血清から運ばれたものである。しかしこの段階では、血液−卵胞バリアーにより大きな血清タンパクは卵胞へと通過できない。

図1

Fig. 1 卵胞の成熟と排卵の説明図

血清ゴナドトロピンの上昇は、その約14時間後に高度に膨張したCOCが排卵に達するまでの一連の注目すべき事象を引き起こす。これらの事象には下記が含まれる:
1)卵母細胞の減数分裂の再開;
2)大部分のギャップジャンクションの分解;
3)マトリックス形成の必須分子であるインター-α-トリプシンインヒビター(ITI)を含む、大きな血清タンパクに対する卵胞の透過;
4)卵丘細胞によるHAの合成と広範な細胞外マトリックスへの活発な組み込み;そして
5)卵胞壁からの膨張したCOCの脱離。顆粒膜細胞はHAを合成せず、基底膜に付着したままである。

排卵において、膨張したCOCは卵胞壁の破裂により押し出され、輸卵管へ移送されるが、顆粒膜細胞は卵巣に留まり、黄体細胞へ分化する。今回の解説文は:
1)卵丘細胞によるHA合成の調節
2)膨張するマトリックスへのHAの組み込み
3)排卵とその後の現象におけるHAの推定される役割
に焦点を当てる。

3. ヒアルロン酸の合成

マウスにヒト繊毛性ゴナドトロピンを排卵誘発量だけ投与した時点では、COC中の卵丘細胞の間にはほとんど細胞外マトリックスは見られない。実際に、HAに特異的なビオチン化プローブで組織染色をしても、卵胞内にこの巨大分子はほとんど見られない(Fig.2)ゴナドトロピンの上昇の5時間後になると、卵丘細胞の周りにHAマトリックスの存在が明らかになり、COCは部分的に膨張している。それに続く数時間には、細胞間の空間にHAが次第に蓄積し、排卵の直前には、COCは当初の容積の20倍前後と最大に膨張する1。HAはこのマトリックスにおける主要な巨大分子であり、約0.5〜1 mg/ml含まれる。この大きなポリアニオン分子による水の吸引が、排卵前COCの膨張の第一の原因であろう。

図1

Fig. 2 排卵前の卵胞におけるHAの局在
排卵誘発量のヒト絨毛性のゴナドトロピン投与後0、5、10時間後のマウスの卵胞において、HAの存在場所を特異的に検出するため、ビオチン化したHA結合タンパクを用いている。COCは各切片において青点線で示してある。

 in vivoにおける卵丘細胞によるHAの合成は、HA合成酵素-2(HAS2)のmRNA転写のレベルで制御されていると考えられる。このmRNAは、コンパクトなCOCの卵丘細胞には当初見られないが、適切に準備したマウスにヒト絨毛性ゴナドトロピンを注射することでCOCの膨張プロセスが始まった少し後(1時間以内)と、HA合成が実際に始まる前に出現する。合成が終わる頃になると、卵丘細胞にはHAS2のmRNAはもはや存在しない2

 HA合成を促進するのに必要な細胞事象は、コンパクトなCOCを単離し(Fig. 2の0時間に相当)、マトリックス形成を促進する条件でそれらをin vitroで培養することにより、詳細に研究された(Fig. 3)。コンパクトなCOCが培養液中で膨張するように卵胞刺激ホルモン(FSH)で刺激すると、卵丘細胞によるHAの合成は刺激後2〜3時間で初めて検出され、4〜10時間後に最も盛んとなり、その後弱まって約18時間後までに終了する。もしHA合成が最大となっている6時間後にアクチノマイシンDでmRNAの転写を阻害すると、合成量は最大速度の状態が2時間しか保てなかった状態と同等のレベルにまで減少した3。このことから、これらの細胞におけるHAS2のmRNA、すなわちHA合成酵素であるHAS2の半減期は、最長でも数時間と短いことがわかる。

図3

Fig. 3 in vitroで促進されたCOCにおけるHAの蓄積と膨張の解析
青色はFSH(卵胞刺激ホルモン)を添加せずに培養したCOCにおけるHA合成のレベルを示す。

FSHの飽和濃度において約18時間培養したCOCが生産する1細胞当たりのHAの量は、in vivoでの排卵直後に単離した、完全に膨張したCOCのそれと同等である。FSHが不在の場合にはCOCは最高でもたった10%までしかHAを合成しない(Fig.31。更に、もしCOCをバラバラにし、卵母細胞を取り除くと、卵母細胞またはそのならし培地を培養液に戻さない限り、単離した卵丘細胞はFSHで刺激してもほとんどHAを合成しない4。したがって卵丘細胞がHAを最大限合成するためには、FSHと卵母細胞から放出される未知の可溶成分である明らかに異なった2つの因子との相互作用が必要である。

FSHが培地中に必要なのは最初の2時間だけで、この時間内に第2メッセンジャーであるcAMPがホルモンに応答して最大レベルに達する。興味深いことに、卵母細胞因子はFSHによる誘導期にはなくてもよいが、HA合成を最大の状態で促進し維持するためには2時間経過した以降も存在し続けなければならない3。排卵現象に関与する他の遺伝子で見られるように、FSHはHAS2遺伝子の転写因子として働くcAMP応答配列結合タンパクを活性化すると考えられる。卵母細胞因子は、遺伝子の転写を促進すること、および/またはmRNAの分解速度を落とすことによりHAS2のmRNAの定常状態に影響を与えると考えられる(Fig. 4)。

図4

Fig. 4 FSH (もしくはEGF)と卵母細胞因子によるHA合成調節のモデル

興味深いことに、上皮細胞成長因子(EGF)はFSHと同様にin vivoで卵胞液に存在し、またin vitroでCOCによるHAの合成を最大に高める。この成長因子は、チロシンキナーゼ活性をもつレセプターに結合することにより、FSHに誘導されるものとは異なる細胞内シグナルを発する(Fig.4)。FSHとEGFは、各最大効果発現量より低い濃度で互いに相加効果を示すことと、作用動態が似ていることから、in vivoではCOCが完全に膨張するのを確実にするために共同で作用していると推測できる。

トランスフォーミング増殖因子β1(TGFβ1)は、単離した卵丘細胞においてFSHまたはEGFが存在すれば、HAの合成を誘導する。但しこれは最大の60%前後である。しかしながら、TGFβ1の作用を中和する抗体は卵母細胞因子に影響しないので、TGFβ1は卵母細胞因子とは異なる。当然ながら、この観察は卵母細胞因子がTGFβファミリーの一員で、同様の細胞内シグナルの引き金となっている可能性を排除するものではない。

4. ヒアルロン酸の組織化

HAの合成だけでは、細胞外マトリックスを組織化するのに十分ではない。新しく合成されたHAを細胞周囲のマトリックスに組み込むためには、さらに血清由来のITI6および、卵丘細胞により合成される分子5が必要である。例えばFSHまたはEGFのいずれかが存在し、ITIが欠落していれば、培養下のCOCは同量のHAを合成する;しかし、合成されたHAは培地中に遊離し、卵丘細胞は培養皿の底に沈下してしまう。

さらに、ゴナドトロピンの上昇前には卵胞内に存在しないITIは、ヒト繊毛性ゴナドトロピンを投与した直後に単離した卵巣の組織切片に見られるように、形成中のCOCマトリックスに免疫局在化された。ITIは、1本のコンドロイチン硫酸鎖がトリプシン阻害物質であるビクニンに結合した、珍しい形のプロテオグリカンである。そして2つのポリペプチドである重鎖は、C-6位水酸基とアスパラギン酸の間のエステル結合を通して、コンドロイチン硫酸鎖のガラクトサミン残基に共有結合している(Fig.5)。重鎖は、非共有結合あるいはHA中のグルコサミン残基がコンドロイチン硫酸鎖のガラクトサミンを置換するエステル交換反応によりHAと相互作用することができる。これらの相互作用は、細胞外マトリックスの組織化と維持に必要となる、HA分子間の架橋をもたらす可能性がある。

図5

Fig. 5 ITIとTSG-6の模式図

また卵丘細胞は、膨張したCOCマトリックスからヒアルロニダーゼによる選択的消化によって遊離することのできる2種の分子を合成する。1つはおそらくバーシカンファミリーに属すると思われる大きなプロテオグリカンで、HAとの特異的結合部位を持ち、もう1つは分子量約45,000のタンパクである。後者はもう1つのHA結合分子であるTSG-6 (Tumor necrosis factor-Stimulated Gene-6)である可能性がある。なぜならこのタンパクのmRNAは、初めは存在しないが、HA合成開始に先立って出現するよう制御されているからである7。この分子は、細胞表面分子のCD-44や軟骨からのリンクタンパク質などのような、多くのHA結合分子に見られるものと類似する、明確なHA結合モチーフを有する。興味深いことにこれはまた、重鎖と置き換わることによりITIと相互作用することができ、この反応によりHA間の橋渡しが大きく強化されるようだ(Fig.5)。厳密にこれらのHA結合分子がいかにHAおよびお互いに作用し合うことでCOCマトリックスを安定させるのか、また、このマトリックスが卵丘細胞にどのようにして固定されているのかは、いまだに明らかにされていない。しかしながら、このマトリックスはいったん形成されると、卵胞の破裂と排卵に関わる分解過程全体を通して、安定した状態を保つ。

5. ヒアルロン酸の機能

卵丘細胞の間にHAが蓄積され組織化されると、スポンジ状で弾力のあるマトリックスが作り出され、これにより排卵の際に卵母細胞が容易に押し出されるのであろう。排卵前の卵胞壁に小さな穴が生ずると、膨張したCOCが飛び出し、その結果、中に入っていた卵母細胞も卵胞の外側に持ち出される。卵母細胞と卵丘細胞は、マトリックスでしっかりと繋ぎとめられ、排卵時に起こる一時的な変形においても分離しないようになっている。膨張した卵丘細胞は、卵母細胞が輸卵管のフィンブリアによって捕らえられ、受精場所への輸送を促進するための機械的支持体としても働くようだ。

膨張したCOCのマトリックスは、機能的または酵素的に欠陥のある精子を締め出す選択的なバリアーとなるだろう。受精が成功するためには、精子はCOCマトリックスを貫通しなければならない。これは、精子頭部の原形質膜に、グリコシルフォスファチジルイノシトールの糖脂質(GPI-anchored)によってつながれているヒアルロニダーゼにより可能となる8。これにより、精子頭部が直接接触したマトリックス中のHA分子が分解される(Fig.6)。こうして精子は鞭毛を使って前進し、たった2〜3分で素早くマトリックスを横断して、卵母細胞を取りまく透明帯に到達することができる。いったん透明帯に接触すると、先体が精子頭部の原形質膜と融合し、可溶型ヒアルロニダーゼを含むその内容物を遊離する。これは透明帯に存在するHAを急速に取り除き、それにより受精するために精子が卵母細胞膜に到達するのを助ける。

図5

Fig. 6 精子によるCOCマトリックス貫通の模式図

精子のヒアルロニダーゼ活性は、受精速度に大きく関係している。例えば、精子の高粘度HAナトリウム溶液に対する貫通能力は、その運動性と受精効率に関係している。それゆえHAの貫通試験は、人工受精プログラムにおいて、ヒト精子の機能的能力を調整および評価する方法として使われている。

6. 結語

卵丘細胞とCOCの培養による研究から、HAの合成は多数の因子のコントロール下でなされていることが証明された。さらにマトリックスを形成させるためには、HAは局所合成された分子と排卵前に卵胞に浸透した血清由来のタンパク分子によって、細胞間に組織化されていなければならない。これらの発見は、排卵と受精の生理学的および病理学的見地を理解する新しい眺望を開くであろう。


References

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  3. Tirone, E, D'Alessandris, C, Hascall, VC, Siracusa, G, Salustri, A: Hyaluronan synthesis by mouse cumulus cells is regulated by interactions between follicle-stimulating hormone (or epidermal growth factor) and a soluble oocyte factor (or transforming growth factor beta1). J. Biol. Chem. 272, 4787-4794, 1997
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