Glycolipid
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糖鎖遺伝子改変マウスの技法と応用に関する最近の知見

  生体内での多様な糖鎖機能を研究するひとつの有力な方法は,糖鎖の生合成を担う糖転移酵素や糖分解酵素,糖ヌクレオチドのトランスポーターなどの糖鎖遺伝子を改変したマウスを作製することである。遺伝子改変マウスとしては,受精卵の前核に外来性DNAを微量注入する機能獲得型のトランスジェニック(Tg)マウスと,相同組換えにより標的遺伝子を破壊した胚性幹(ES)細胞を用いる機能喪失型の遺伝子ノックアウト(KO)マウスの2つのタイプがある。Cre-loxPシステムやテトラサイクリンのON/OFFシステムなどの最近の技術の進歩により,組織特異的に遺伝子を破壊するコンディショナルノックアウトや人為的に遺伝子破壊を誘導する誘導型ノックアウトなど,思いのままに遺伝子を操作できるようになった。

遺伝子KOマウスの技法が最初に糖鎖遺伝子に応用されたのは,1994年に作製された N-アセチルグルコサミン転移酵素-I(GnT-I)である。GnT-IはN型複合型および混成型糖鎖生合成の最初のステップを担っていることから,N型複合型および混成型糖鎖が合成されず,GnT-I KOマウスは胎生致死となった(1, 2)。これらの論文は,糖鎖が生物にとって必須のものであることを証明した記念すべきものである。その後,糖鎖遺伝子が次々とクローニングされるのに合わせて,そのTgマウスやKOマウスも次々と作製された。しかし,複数の遺伝子からなるファミリーを形成しているものも多く見つかり,そのうちのひとつを破壊しても何ごとも起こらないということも生じた。個々の糖鎖遺伝子についての解説は最近の総説(3)にお任せするとして,ここでは最近の糖鎖遺伝子改変マウスのトピックス的な話題を幾つか取り上げることにする。
N型糖鎖の生合成においてGnT-Iの次に働くα-マンノシダーゼ-II(α-Man-II)のKOマウスは,赤血球においてN型複合型糖鎖が合成されないために赤芽球異型性貧血を示した(4)。これはヒトの先天性II型赤芽球異型性貧血(CDA-II)と類似の症状であり,ヒトでもこの遺伝子の異常であることが疑われている。 N型糖鎖の高分岐構造は,癌の悪性化と相関することが知られているが,N型糖鎖の分岐を担うβ-1,6-N-アセチルグルコサミン転移酵素-V(GnT-V)のKOマウスは,ポリオーマウイルスのmiddle Tによる癌の増殖と転移が抑制された(5)。この論文は,癌における糖鎖の役割を見事に示した例である。

セレクチンのリガンド糖鎖を生合成する糖転移酵素についても多くの知見が得られて いる。主要なセレクチンリガンド糖鎖であるシアリルルイスxのフコースの転移を担うフコース転移酵素-VII(FucT-VII)や,core2のβ-1,6-Nアセチルグルコサミン転移酵素(C2 GlcNAc-T)のKOマウスは,セレクチンのリガンド糖鎖が合成されないために,前者は炎症反応やリンパ球のホーミングが障害を受け,後者は炎症反応だけが抑制されることがわかった(6, 7)。ヒトではこれらの転移酵素の突然変異はまだ見つかっていないが,類似の症状を示すII型白血球接着不全症(LAD II)(別名 CDG-IIc)の患者は,GDP-fucoseのトランスポーターの突然変異であることが報告された。

プロテオグリカンの生合成についても幾つか糖鎖遺伝子KOマウスが作製されている。 ヘパラン硫酸の2-O-硫酸転移酵素は遺伝子トラップ法で変異マウスが作製されたが、驚いたことに腎臓が形成されずに胎生期に致死となった(8)。ヘパラン硫酸はFGFをその受容体に結合させるのに必要なので,FGFなどの成長因子のシグナルが阻止されたことが腎臓形成不全の原因と考えられている。

以上のように糖鎖遺伝子のKOマウスは,発生,免疫,神経,癌などの高次の生命現象で興味深い表現型を示して,生体内での糖鎖の生物学的意義を明らかにした。しかし,糖鎖が機能を発揮する分子メカニズムについてはまだ不明な部分が多い。個体全体で糖鎖遺伝子を破壊してしまうといろいろな部分で異常が出現して解析を難しくしている。今後は,コンディショナルノックアウトを用いて,組織ごとに糖鎖遺伝子の機能を解析していくことが重要であろう。
浅野雅秀 (金沢大学大学院医学系研究科・附属動物実験施設)
References (1) Ioffe E, Stanley P, : Mice lacking N-acetylglucosaminyltransferase I activity die at mid-gestation, revealing an essential role for complex or hybrid N-linked carbohydrates. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 91, 782-732, 1994
(2) Metzler M, et al.: Complex asparagine-linked oligosaccharides are required for morphogenic events during post-implantation development. EMBO J. 13, 2056-2065, 1994
(3) Furukawa K, et al.: Novel function of complex carbohydrates elucidated by the mutant mice of glycosyltransferase genes. BBA 1525, 1-12, 2001
(4) Chui D, et al.: Alpha-mannosidase-II deficiency results in dyserythropoiesis and unveils an alternate pathway in oligosaccharide biosynthesis. Cell 90, 157-167, 1997
(5) Granovsky M, et al.: Suppression of tumor growth and metastasis in Mgat5-deficient mice. Nature Med, 6, 306-312, 2000
(6) Maly P, et al.: The (1,3)fucosyltransferase Fuc-TVII controls leukocyte trafficking through an essential role in L-, E-, and P-selectin ligand biosynthesis. Cell 86, 643-653, 1996
(7) Ellies LG, et al.: Core 2 oligosaccharide biosynthesis distinguishes between selectin ligands essential for leukocyte homing and inflammation. Immunity 9, 881-891, 1998
(8) Bullock SL, et al.: Renal agenesis in mice homozygous for a gene trap mutation in the gene encoding heparan sulfate 2-sulfotransferase. Genes Dev, 12, 1894-1906, 1998
2002年 6月 15日

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