八島 栄次
名古屋大学大学院工学研究科

1. 緒言
天然に存在するセルロースやアミロースなどの多糖のフェニルエステルやフェニルカルバメート誘導体は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)用のキラル固定相として、医薬品を含む多くのキラル化合物の光学分割に有効である。これらの一部は既に市販され、世界中で使用されているが1)、その不斉識別機構については一部のセルロ-ス誘導体を除き、ほとんど明かになっていない2)。その解明は、多くの研究者にとって極めて有益であるだけでなく、さらに優れたキラル充填剤の開発にも繋がる。本研究では、酵素重合法を用いて合成した、構造が明確で分子量分布の狭いアミロースからなるフェニルカルバメート誘導体を合成し、その不斉識別発現のメカニズムをHPLCやNMRを用いて詳細に検討した。

2.アミロースフェニルカルバメート誘導体による光学分割とその機構の解明

アミロース誘導体

  これまでに合成されてきた多糖誘導体のほとんどは、ピリジンやTHFなど極性の高い溶媒にしか溶けず、ラセミ体との相互作用をNMRを用いて直接検出することが困難であった。しかしクロロホルムに可溶なセルロ-ス誘導体については、HPLCによる光学分割、NMによる滴定実験、緩和時間の測定及び2次元NOESYスペクトル等の結果をもとに、不斉識別の機構が明らかになっている2)。一方、アミロース誘導体については1が極めて高い不斉識別能を有するにもかかわらず、その機構については明らかでなかった。しかし、天然由来の酵素を用いた酵素重合法により合成した、重合度が100以下の分子量分布の狭いアミロースからなる誘導体1はクロロホルムに可溶であったので、NMR等を用いた検討が可能となり、不斉識別機構に関する知見を得ることができた。さらに、クロロホルム中での1の構造についても、二次元NMRを駆使することにより、左巻きの4 1らせん構造をとっている可能性が強いことを明らかにしている(図1)。実際、1存在下、様々なラセミ体の1H NMRを測定したところ、23を含む多くのラセミ体ついてエナンチオマーに由来するピークの分裂が観測された。次に、不斉識別に及ぼす1の重合度(DP)の影響を調べるために、クロロホルムに可溶な3量体から100量体までの1存在下、31H NMRを測定した。いずれの重合度においても各エナンチオマーに由来するピークの分裂は見られたが、その分裂幅は重合度が大きくなるに従って大きくなり、6量体を越えたところでその値はほぼ一定となった。これは、1が6量体以上で規則正しい安定ならせん構造を形成しているためと考えられる。
さらに、酵素重合法によりアミロース誘導体の末端を一点でシリカゲルと化学結合した固定相を調製し、HPLCによる光学分割をNMRと同じクロロホルムを溶離液に用いて行ったところ、溶離液の種類によって、また、分割温度によって特徴ある溶媒及び温度依存性を示すことがわかった。特に2の分割の場合、0℃を境に溶出順序が完全に逆転した。高温領域と低温領域でのvan't Hoff plotsの傾きより、2の分割には少なくとも2種類以上の吸着サイトもしくは機構が関与している可能性が示唆された。この系については溶媒にCDCl3を用い、NMRによる滴定実験及びJob‐plotを行った。その結果、12がほぼ1:1で会合体を形成していること、さらに、それぞれのエナンチオマ-の会合定数を求め、そのR体とS体との比から不斉選択性を表すαを算出したところ、HPLCで求めた値とよい相関があることもわかった。クロロホルムに可溶な多糖誘導体およびそれからなる化学結合型カラムを用いることにより、HPLCとNMRで同じ溶離液・溶媒の使用が可能となり、これまで困難であったHPLCによる光学分割とNMRこよる不斉識別の両方を直接比較することができた。
一方、NMRなどからの情報が得にくい、クロロホルムなどに不溶の多糖誘導体の場合でも、各光学異性体とポリマーとの相互作用エネルギーを分子力場・分子動力学計算を駆使したコンピュータシミュレーションで見積もることができれば、光学分割結果を説明するためのモデルを合理的に構築できる可能性がある。そこで、2種類のセルロースフェニルカルバメート誘導体と3との相互作用エネルギーを様々の手法を用いて計算で見積もったところ、いずれの場合も相互作用エネルギー等に差はあるものの、HPLCの結果をほぼ再現することができた3)。コンピュータの進歩にともない、このようなアプローチも今後益々重要になると思われる。NMRや計算で得られた知見は、より光学分割能の高いキラル固定相の分子設計に今後大いに役立つものと期待される。

3.参考文献
1. Reviews: Y. Okamoto and E. Yashima, Angew. Chem. lnt. Ed., 37, 1020 (1998). E. Yashima, C. Yamamoto, and Y. Okamoto, Synlett, 344 (1998).
2. E. Yashima, C. Yamamoto, and Y. Okamoto, J. Am. Chem. Soc., 118, 4036 (1996); E. Yashima, M. Yamada, C. Yamamoto, M. Nakashima, and Y. Okamoto, Enantiomer, 2, 225 (1997).
3. C. Yamamoto, E. Yashima, and Y. Okamoto, Bull. Chem. Soc. Jpn., 72, 1815-1825 (1999).

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