Glycoprotein
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ラクトースとミルクオリゴ糖の進化

 哺乳動物の乳は数%の糖質を含むが、一般的にそのうちの80%以上を占めるのは、言うまでもなく2糖ラクトース(Gal(β1-4)Glc)である。遊離ラクトースは泌乳期乳腺細胞内において、グルコースをアクセプター、UDP-ガラクトースをドナーとし、β4ガラクトシルトランスフェラーゼI(β4GalT I)と乳タンパク質の一種であるα-ラクトアルブミン(α-LA)の共同作用によって作られる。β4GalT Iは泌乳期乳腺以外の組織にも存在する酵素なので、乳中ラクトースの存在の鍵はα-LAの発現が握っているといえる。

α-LAは、細菌の細胞壁を切断する酵素リゾチーム(Lz)と一次構造ならびに空間構造が類似しているが、通常のα-LAはLzの活性中心に相当する2つの残基(Glu-35とAsp-53)を失っている。しかしながらオーストラリアの卵生哺乳類単孔類(カモノハシ, ハリモグラ)のα-LAは、Glu-35やLzの不変残基に相当するAsn-44, Ala-109およびTrp-113を保持している。哺乳類固有のα-LAはLzからの進化によって獲得されたと考えられるが、上の事実は、単孔類α-LAが他種α-LAよりも進化速度が遅く、先祖タンパク質の特徴を残していることを意味している。またこの事実から、Lzからα-LAへの進化において、まずLzの活性中心以外のところに変異がおこり、一時的に両方の活性をもったbifunctionalタンパク質が出現し、ついでLzの活性中心の一つが失われ、その後他の活性中心も失われたと推定することができる(図1)。
図1 リゾチームからα-ラクトアルブミンへの分子進化

哺乳動物の乳は、主要糖質としてのラクトースの以外に通常糖質の20%以下の割合で、ミルクオリゴ糖といわれるラクトース単位を還元末端側に有する多種類のオリゴ糖群を含んでいる。一方で、例外的に単孔類や有袋類、また真獣類でもクマの乳は、ラクトースよりもミルクオリゴ糖を多く含む。ミルクオリゴ糖の化学構造には種間差が見いだされる。例えば、ヒトミルクオリゴ糖には、ラクト-N-テトラオース(LNT), ラクト-N-ネオテトラオース(LNnT), ラクト-N-ヘキサオース(LNH), ラクト-N-ネオヘキサオース(LNnH)などの12系列のコア骨格に対して、ルイスa,b,xやα2-3/2-6N-アセチルノイラミン酸が付加することによって100種類もの糖鎖のバリエーションがある。カモノハシ(単孔類)のミルクオリゴ糖は、LNnTまたはLNnH骨格にルイスxやルイスyが付加した化学構造をしている。タマーワラビー(有袋類)の主要系列ミルクオリゴ糖は、ラクトース骨格に1〜5残基のGal(β1-3)残基が付加した化学構造をしている。一方、クマのミルクオリゴ糖は、LNnTやLNnH骨格にルイスx, ABH抗原またはα-Galエピトープが付加した構造をしている。これまでに集められたミルクオリゴ糖の構造情報から、ミルクオリゴ糖に関して言えば、単孔類は真獣類に近く、有袋類は隔たっていると言うことができる。

ヒトなどの真獣類では、乳仔が授乳した後に主要糖質ラクトースは、乳仔小腸上皮微絨毛にあるラクターゼの作用でグルコースとガラクトースに分解されてから能動輸送によって上皮細胞内に入り、乳仔の栄養源として利用される。タマーワラビーの乳仔小腸には、ラクターゼ活性は検出されない。一方、ヒトなどでは、大部分のミルクオリゴ糖は乳仔によって消化吸収されないが、大腸上皮において病原性細菌やウィルスが付着するのを阻止する感染防御因子として機能することが示唆されている。単孔類や有袋類の乳仔は、豊富に存在するミルクオリゴ糖を小腸上皮でピノサイトーシスかエンドサイトーシスによって吸収し、リソソーム内のグリコシダーゼで分解してから栄養源として利用している一方で、ミルクオリゴ糖は乳仔への感染防御因子としても機能していることが予想される。

筆者は上に基づき、以下のようなラクトースとミルクオリゴ糖の進化仮説を提唱する。哺乳類の共通祖先の乳様分泌物は、脂質やタンパク質を含む一方でα-LAが発現していなかったために、ラクトースもミルクオリゴ糖も含んでいなかった。α-LAの発現が開始されるようになった際、乳腺でのその発現量が少なかったために、生合成されたラクトースに対して糖転移酵素が強く作用し、乳または乳様分泌物中でラクトースよりもミルクオリゴ糖の方が圧倒的に存在量が多かった。そこでは、ミルクオリゴ糖は他の成分とともに乳仔に対する感染防御機能を果たしていた。単孔類や有袋類では、乳腺においてα-LAの発現量とともに糖転移酵素の発現量が増加し、乳中でのミルクオリゴ糖濃度が上昇した結果、それは感染防御因子とともに乳仔への栄養源としての機能も果たすようになった。真獣類では、乳腺α-LA発現量のさらなる増加によって、乳中でラクトースの存在量がミルクオリゴ糖よりも多くなった。そこでは、栄養源としてのラクトースと感染防御因子としてのミルクオリゴ糖への機能分化が起こった。また、真獣類乳仔において小腸上皮ラクターゼ活性が獲得され、ラクトースの効率的消化吸収機構が確立された。
浦島 匡(帯広畜産大学畜産学部)
References (1) Urashima T, Saito T, Nakamura T, Messer M: Oligosaccharides of milk and colostrum in non-human mammals. Glycoconjugate J. 18, 357-371, 2001
(2) Messer M, Urashima T: ミルクオリゴ糖とラクトースの進化. Trends Glycosci. Glycotechnol. 14, 153-176, 2002
Links
GP-B03 β-1,4-ガラクトース転移酵素ファミリー (佐藤武史)
2004年7月21日

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