Glycolipid
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糖脂質転移酵素遺伝子のノックアウトマウス

  糖脂質はセラミドとよばれる脂質部分と糖鎖部分から成る両親媒性分子群であり、主に脊椎動物の脳神経系に豊富に存在するが、他の組織や細胞にも広く検出される。セラミドにグルコース、ガラクトースが結合したラクトシルセラミドの非還元末端に結合する糖の種類によって、ラクトシリーズ(ネオラクトシリーズ)、グロボシリーズ、ガングリオシリーズの3系列の構造に分岐した合成経路が存在する。中でも、シアル酸を多く結合するガングリオシドシリーズの糖脂質はガングリオシド(狭義)とよばれ、脳神経系の機能にとって重要と考えられてきた。


 神経栄養因子様作用を初めとして、種々のガングリオシド機能が報告されてきたが、多くの実験は、外からガングリオシドを加えて、細胞や組織の変化を観察することによりなされてきたため、真の役割を明確にすることが困難であった。近年、糖転移酵素遺伝子がクローニングされ、その遺伝子操作が可能になったことから、細胞や動物個体のレベルでの糖鎖リモデリングが可能となり、今まで不明瞭であったり、未知であった糖鎖機能が明らかになりつつある。特に遺伝子ノックアウトはいくつかの欠点を持ちながらも、明確な結果を疑問の余地なく提示するものとして、注目されるアプローチとなっている。


 糖脂質糖鎖の転移酵素遺伝子でこれまでにノックアウトされたのは、GM2/GD2 合成酵素遺伝子と、ガラクトシルセラミドを合成するガラクトース転移酵素遺伝子である。前者は私達のグループで成功し、1996 に報告された。また、後者は、K. Suzuki らのグループとW. Stoffel らのグループにより、別々に報告された。GM2/GD2 合成酵素遺伝子欠損マウスでは、脳神経系の形態に明らかな異常が見られず、また著明な行動異常も認めなかった。神経伝達速度に低下が見られた程度で、当初の予想よりかなり軽度の障害しか現れなかった。これは、残ったより単純な構造のガングリオシドが複合型ガングリオシドの機能を代償しているためかも知れない。ただ、神経損傷時の再生能低下や加齢に伴う末梢神経の変性像が認められるなど、神経系の保持や修復には必須と考えられる。より重篤な変化は無精子症による男性不妊であり、ガングリオシドがテストステロンの輸送に関与することが示唆されている。さらに、Tリンパ球の機能低下も認められるなど、ガングリオシドの発現レベルに関係なく、全身調節系臓器の機能制御に関与していることが示唆される。


ガラクトース転移酵素遺伝子欠損マウスでは、振せん、運動失調、神経伝達障害などが見られ、ミエリンの機能維持と安定性にガラクトシルセラミドとその硫酸化構造が重要であることが示されている。そのため、このノックアウトは生後長くは生存できない。


今後、さらに多くの遺伝子のノックアウトマウスが樹立されれば、個々の糖鎖構造の固有の機能が明確になっていくものと期待される。
図
古川 鋼一(名古屋大学医学部・生化学第二講座)
References (1) Takamiya K, Yamamoto A, Furukawa K, Yamashiro S, Shin M, Okada M, Fukumoto S, Haraguchi M, Takeda N, Fujimura K, Sakae M, Kishikawa M, Shiku H, Furukawa K, Aizawa S: Mice with disrupted GM2/GD2 synthase gene lack complex gangliosides but exhibit only subtle defects in their nervous system. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93, 10662-10667, 1996.
(2) Takamiya K, Yamamoto A, Furukawa K, Zhao J, Yamashiro S, Okada M, Haraguchi M, Shin M, Kishikawa M, Shiku H, Aizawa S, Furukawa K: Complex gangliosides are essential in spermatogenesis of mice : Possible roles in the transport of testosterone. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95, 12147-12152, 1998.
(3) Coetzee T, Fujita N, Dupree J, Shi R, Blight A, Suzuki K, Suzuki K, Popko B: Myelination in the absence of galactocerebroside and sulfatide: normal structure with abnormal function and regional instability. Cell 86, 209-219, 1996.
(4) Bosio A, Binczek E, Stoffel W: Functional breakdown of the lipid bilayer of the myelin membrane in central and peripheral nervous system by disrupted galactocerebroside synthesis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93, 13280-13285, 1996.
1999年 6月 15日

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