Glycoprotein
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糖タンパク質糖鎖の機能研究のトピックス

  糖タンパク質とはペプチドのアスパラギンやセリン/スレオニンにオリゴ糖が結合した複合体の総称(図1)。アスパラギンに結合した糖鎖[Asn型 (N型) 糖鎖]とセリン/スレオニンに結合した糖鎖[ムチン型 (O型)糖鎖]に分けられ、両者ともコア構造は異なるが、コアからのびる糖鎖 (側鎖)には共通構造が見られ、この側鎖に生物活性を有する糖鎖抗原がしばしば発現している。セリン/スレオニンには単糖のN-アセチルグルコサミンが結合したり、マンノースを介してオリゴ糖が結合しているタンパク質も見出されている。タンパク質に結合している糖鎖は、タンパク質の溶解性を上げ、抗原性を被覆し、またプロテアーゼによる分解を防ぐとともに、神経細胞接着分子(N-CAM)に結合したポリシアル酸のようにN-CAM同士による結合を調節している場合もある。また、血清糖タンパク質の血中からのクリアランスや糖タンパク質ホルモンの標的器官への道標などとして、糖鎖自身が直接機能している場合もある。Asn型糖鎖は動物細胞に普遍的に存在するが、種特異的あるいは組織・器官に特異的な糖鎖構造も存在する。下等動物では高等動物の糖鎖構造のバリエーションでは見られない構造も見出されており、糖 鎖の意義を考えるうえで重要な知見が蓄積しつつある。
図1図
 細胞生物学的にもっともよく知られている糖鎖の機能として、炎症部位へ白血球が遊走したりリンパ球のホーミングの際に見られる白血球細胞と血管内皮細胞の接着が、セレクチンというタンパク質分子とこれが認識する特定の構造をもつ糖鎖との間で起こることが挙げられる。またマウスの初期胚では発生に伴い細胞表面の糖鎖抗原が変化し、ハプテン糖や糖鎖生合成阻害剤などを加えると胚発生が阻害される。これも糖鎖が直接細胞接着などに関与し初期発生を可能にしていると考えられ、この考えを支持するかのごとく糖鎖レセプターらしき分子が割球細胞に見出されてきた。

 糖鎖が関与する疾患として糖分解酵素の異常によりリソソーム中に糖鎖が蓄積する病気が知られているが、最近ペプチドのAsn残基への糖鎖付加が低下することにより神経系を中心に多彩な症状を示す糖鎖欠損糖タンパク質症候群(CDGS)や、糖鎖のプロセシング酵素などの異常により赤血球膜に構造異常をもたらす遺伝性貧血性疾患も見出されている。さらに細胞が癌化すると、その悪性度に応じて糖鎖構造は一定の方向に変化し(癌性変化)、この変化した構造が細胞の増殖能や転移能と密接に関連していることが知られている。また種々の感染症病原体のレセプターに糖鎖が係わっており、糖鎖は良しにつけ悪しにつけ生体の機能分子の一つとして働いている。

 最近、糖転移酵素などの遺伝子を破壊し糖鎖の発現を生合成レベルで制御したマウスが幾つか作製され、その表現形の解析から糖鎖の機能を調べるアプローチが採られている(図2)。Asn型糖鎖のコア構造を構成するα-1,3-結合したマンノースにN-アセチルグルコサミンを転移するN-アセチルグルコサミン転移酵素Iの遺伝子を不活化したマウスは、特に神経系や心・血管系に形成不全を示し、胎生期半ばで致死となる。このN-アセチルグルコサミンにガラクトースをβ-1,4-結合で転移するβ-1,4-ガラクトース転移酵素の遺伝子を不活化したマウスは胎生期を乗り越えて生まれてくるが、早く死んでしまう。さらにこのガラクトースにシアル酸をα-2,6-結合で転移するα-2,6-シアル酸転移酵素の遺伝子を不活化したマウスでは表現形の変化は見られていない。こうした一連の研究から、ある構造をもつ糖鎖は生命を維持するうえで必須であること、またある構造をもつ糖鎖は生命現象を微調整していることを伺い知ることができるが、どのタンパク質に結合したどの糖鎖構造がどのように必須であるのかを解き明かすには、いますこし時間が必要である。

 このような背景をふまえて、本シリーズではまずタンパク質に結合した個々の糖鎖のもつ意味や機能、さらに細胞や組織レベルにおける糖鎖の意義に関して解説をしていただき、近々糖鎖関連遺伝子のノックアウトマウスの解析などから得られると期待されるより直裁的な糖鎖の機能について、解説ができればと願っている。

図2図
古川 清 ((財)東京都老人総合研究所・生体情報部門)
References(1) Bhavanadan, VP, Furukawa, K : Biochemistry and oncology of sialoglycoproteins in "Biology of the Sialic Acids" (Rosenberg, A., ed.), pp. 145-196, Plenum Press, New York, 1995.
(2) 古川清 (1992) アスパラギン結合型糖鎖およびムチン型糖鎖の生合成経路図。蛋白質 核酸 酵素 37 (No. 11), 2076-2081。
1998年 6月 15日

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