Glycoprotein
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哺乳類の受精と糖鎖

  哺乳類の受精過程には、様々な精子と卵の相互作用が含まれている(図)。受精能を獲得した精子は、はじめ卵を被っている透明帯に弱く付着し、やがてより強く結合するようになる。精子ー卵の結合は、卵透明帯の糖タンパク質とこれに対する精子膜表面の結合タンパク質との特異的な相互作用を介して行なわれる。卵透明帯への結合は、精子の先体外膜と細胞膜の融合、膜小胞の形成とそれらの脱落を経て先体内膜の露出(先体反応)を誘導する。先体反応誘導精子は、透明帯を貫通して囲卵腔に達し、卵細胞膜と融合する。融合した卵細胞には、多精を阻止する反応として、急速な膜の脱分極と、卵細胞内のリソゾーム様酵素に富む表層顆粒の囲卵腔への分泌が誘導される。その結果、透明帯の物理的、化学的変化と精子結合活性の喪失がもたらされる。
図
 このように、卵透明帯は精子との結合、精子先体反応の誘導、多精阻止において重要な役割を担っているが、その組成は割合単純である。マウスではZP1、ZP2、ZP3と呼ばれる3種の糖タンパク質、ブタでは90K、55Kα、55Kβと呼ばれる3種の糖タンパク質から構成されている。ヒト、サル、ハムスター、ラット、ウサギ等においても限られた種類(2ー3種)の糖タンパク質が含まれているに過ぎない。マウスの系では、精子との結合や精子先体反応の誘導にはZP3が、先体反応を誘導した精子との結合にはZP2が関与することが示されており、またブタでは55Kαと55Kβの複合体が精子とのより強い結合に関与することが示唆されている。卵透明帯糖タンパク質の糖鎖構造に関しては、ブタのN結合型およびO結合型糖鎖、マウス、ウシのN結合型糖鎖の情報が得られている。

 受精は基本的には種特異的に行なわれる。例えば、ヒトの精子はマウスやハムスターの卵には結合しない。これは卵透明帯糖タンパク質上の糖鎖を認識して結合する場合の特異性の違いによるものと考えられている。最近、発生工学的方法によってマウスZP3の代わりにヒトのZP3を発現させたマウスが作製され、この卵にはヒトの精子は結合できないが、マウスの精子は結合できることが示され、種特異的な受精における卵透明帯糖タンパク質の糖鎖構造の重要性が改めて指摘されている。精子受容活性を担う糖鎖に関しては、主にマウスの系を中心に研究が進められ、2つの説が提唱されてきた。第一は、α-Gal残基を含むO結合型糖鎖を認識する反応の介在を示すWassarman説で、このような糖鎖と結合するタンパク貭として精子側のsp56が示唆されてきた。しかし、α-ガラクトース転移酵素欠損マウスが受精能を有すること、sp56が精子の細胞表面には露出していないこと等、この考えに矛盾する事実も報告されている。第二は、精子表面のβ-ガラクトース転移酵素が卵側の GlcNAc を非還元末端に持つO結合型糖鎖を認識して結合するというShur 説である。最近、β-Gal転移酵素 I欠損マウスが作製されたが、このマウスの精子は in vitroでのZP3への結合能が野生型の30-50%に減少し、またZP3による先体反応の誘導は欠如しているにもかかわらず、 in vivoでは正常な受精能を有するという。また、上記の説とは異なり、卵側糖鎖のβ-Gal残基を認識する反応の重要性を示す報告もあり、最も研究されているマウスの系ですら精子ー卵間の糖鎖認識機構は依然として明確にはなっていない。

 受精において糖鎖が極めて重要な役割を演じていることに疑いはないが、精子受容体糖鎖の構造の同定や特徴付け、精子側の糖鎖認識分子の同定等、多くの問題が山積している。それらの解明は、受精の種特異性や多精阻止機構を明かにする上で、極めて重要な課題となっている。
高崎 誠一(東京大学医科学研究所・細胞生物化学研究部)
References(1) Wassarman, PM : Profile of a mammalian sperm receptor. Development.108, 1-17, 1990
(2) Shur, BD: Cell surface galactosyltransferase : current issues. Glycoconjugate J. 15, 537-548, 1998
(3) Mori, E, Mori, T, Takasaki, S : Mouse sperm bind to β-galactose residues on egg zona pellucida and asialofetuin-coupled beads. Biochem. Biophys. Res. Commun. 238, 95-99, 1997
1998年 12月 15日

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