Glycoprotein
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糖転移酵素と糖鎖合成のトピックス

  これまで複合糖質糖鎖の生合成に関しては、「一つの酵素が一つのグリコシド結合を作る」と考えられてきた。この考えに立脚すると、脊椎動物の複合糖質に見られる多様な構造を作りあげるには、少なくとも250以上の糖鎖遺伝子が必要であると推定されている。しかしながら最近の研究から、ある特定のグリコシド結合を作りだす糖転移酵素が実は複数存在していることが明らかになってきた。あるクラスの糖転移酵素間に共通して存在すると考えられるモチーフを基にプライマーを作製し、これを用いてPCRを行なうことにより、また発現クローニング法により、目的とするまたはそれと性質の似た糖転移酵素の遺伝子がクローニングされている。その結果、同じグリコシド結合を作る糖転移酵素は複数存在し、特にシアル酸転移酵素、フコース転移酵素、ガラクトース転移酵素、N-アセチルガラクトサミン転移酵素はそれぞれファミリーを作って存在していることが明らかになってきた。特にβ-1,4-ガラクトース転移酵素(β-1,4-GalT) やβ-1,3-ガラクトース転移酵素 (β-1,3-GalT)の遺伝子に関しては、これまで一つしか存在しないと考えられてきた酵素の遺伝子配列と相同性をもつ遺伝子断片の有無をESTの情報の中に問いかけ、相同性をもつ複数の遺伝子断片を拾い集めて繋ぎ合わせる作業から、β-1,4-GalTやβ-1,3-GalTの活性をもつタンパク質をコードする遺伝子がヒトやマウスのゲノムに複数存在することが見出されている。

 同じ糖鎖構造を作るのに、なぜ生体は複数の酵素を必要とするのであろうか。ペプチドに結合したN-アセチルガラクトサミンにシアル酸をα2-6-結合で転移する酵素 (STGal- NAc)は、少なくとも3種類存在することが知られている。これらのシアル酸転移酵素はそれぞれ糖受容体である基質に対する特異性が異なり、Siaα2-6GalNAc-Ser/Thr, Galβ1-3 (Siaα2-6)GalNAc-Ser/Thr, Siaα2-3Galβ1-3(Siaα2-6)GalNAc-Ser/Thrの異なるO-型糖鎖が最終的に作られる。またβ-1,3-GalTに関して見出された3つのアイソザイムβ-1,3-GalT-I, II, IIIの間でも、糖供与体UDP-Galや糖受容体GlcNAcβ-pNPに対する親和性がそれぞれ異なり、こうした酵素の性質はそれぞれの酵素が発現している組織で作られる複合糖質糖鎖の構造に大きく反映していることであろう。β-1,4-GalT に関しても新たにβ-1,4-GalT-II, III, IV, V, VIが存在することが明らかとなったが、いずれもβ-1,4-GalT-Iとその性質が異なり、今後の詳細な基質特異性の解明からその存在意義が明らかになってゆくものと思われる。ペプチドのセリンやスレオニンにN-アセチルガラクトサミンを転移する酵素 (GalNAcT)に関しては、これまでに8つの機能的酵素が存在すること、さらに7つ以上の相同性をもつ遺伝子の存在が見出されている。それぞれのGalNAcTはペプチドに対する基質特異性が異なり、これがドミノ式にペプチド上に集密化したO-型糖鎖の付加を可能にしていると考えられる。

 こうした糖転移酵素のアイソザイムのmRNAの発現は各組織により、また個体発生の時間軸に沿っても異なるので、最終産物の特定の糖鎖構造が胚の発生や細胞の分化などに寄与しているものと考えられる。また同一のグリコシド結合を作る酵素が複数存在していても、それぞれの酵素がゴルジ体のどの位置に存在するかにより、作られる糖鎖構造は大きく変わるので、今後の課題として免疫電顕などの手法をもとにそれぞれの転移酵素の局在性を明らかにして行く試みも大事である。

 糖タンパク質糖鎖の構造には種差や臓器特異性が見られており、これは動物種や同じ動物個体でも臓器により発現している糖転移酵素のセットが異なるためであると考えられている。N-型糖鎖のトリミング酵素であるα-マンノシダーゼ(α-Man'ase)-IIは、糖鎖を混成型から複合型へ変換する。この酵素が欠損するとヒトでは赤芽球細胞に異常を起こし、貧血症に陥ることが知られている。α-Man'ase-IIのマウスのゲノム遺伝子を破壊すると、赤血球で複合型糖鎖が欠損し、貧血症状を発症する。興味深いことにこの変異マウスでは、赤血球以外の細胞は別のα-Man'ase (α-Man'ase-III) の存在により複合型糖鎖を作りだすことができる。

 このように糖鎖の生合成に関与するマウスのゲノム遺伝子を潰すことにより、これまで見えなかった新たな酵素の存在が浮かび上がり、改めて糖鎖の複雑怪奇な生合成を実感するかぎりである。こうした事実は、生体は微妙に調節された糖鎖の発現を要求し、しかもまだ未知な機構でそれを認識し、生体という内なる自然へ適応しているのではなかろうか。
図
古川 清 (東京都老人総合研究所・生体情報部門)
1998年 9月 15日

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