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オリゴ糖鎖合成における化学反応の“序列”と“独立”

  合成化学において化学種間の反応性の差を利用することがしばしばある。合成計画の中で素反応のみならず、保護基の組合せの善し悪しが、実際の合成を左右すると言っても過言はない。こうした保護基は様々な反応条件下安定である必要があり、かつ次の反応に先立ち選択的に除去されなくてはならない。したがって、保護基の導入と除去は選択的に達成される必要があり、有機合成化学において重要な意味を持っている。

 糖質化学は保護基の化学であると云われることがある。確かにある意味で的を得ている。というのは、位置選択的な反応を達成するためには反応に関与しない水酸基を隠す必要があり、この意味で保護基の架け替えは必須と言える。これに加え、糖質化学におけるもう一つの重要な反応であるグリコシル化反応は、アセタール(アノメリック)位と水酸基との反応であり、環状外アセタール結合をグリコシド結合として与える。(図1)

Figure 1.
 アノメリック位の保護に関しては、他の保護とは別に扱う必要がある。これは、アセタール性水酸基の保護として捕らえることもでき、またアセタール炭素であるC-1位の保護として捕らえることもできる。従来、糖鎖の合成において還元末端から非還元末端へと糖鎖を伸長する場合、還元末端糖のアノメリック位はアセタール性水酸基の保護として捕らえ、またオリゴ糖合成に用いる単糖シントンの合成においても同様に扱うのが常であった。この場合、単糖シントンを糖供与体へと導くためには、アノメリック位水酸基の脱保護を行った後に脱離基を導入する必要がある。

 チオグリコシドの活用はこうした常識を覆したということができる。すなわち、チオアセタールは、グリコシル化反応にもっともよく用いられるルイス酸酸性条件下安定であるばかりで無く、酸化的に活性化され、グリコシル化反応の重要な中間体であるオキソカルボニウムイオンを与える。(図2)
Figure 2.
 したがって、チオグリコシドは、アセタール炭素の保護基としてのみならず、脱離基としても有効である。

 このようなチオグリコシドの性質を利用し、ハロゲン化糖を糖供与体として用い、チオグリコシドを糖受容体とすることで連続して2回のグリコシル化反応が可能となる。ここで、問題となるのは反応の独立性である(図3a)。[1] 一方、メチルチオグリコシドとフェニルチオグリコシドの間には明らかな反応性の差が見られる(図3b-1)。あるいは、同一の潜在的脱離基が用いられた場合、水酸基の保護基の種類(エーテル保護かアシル保護か)によってに見られる(図3b-2)それらの反応性の差は、序列である。[2,3]

 こうした反応の独立性と序列性に注目すると、オリゴ糖鎖合成スキームを簡略化することができる。[4]
Figure 3.
蟹江 治 (三菱化学生命科学研究所・糖鎖工学研究室)
References (1) (a) Koto, S, Uchida, T, Zen, S : Syntheses of isomaltose, isomaltotetraose, and isomaltooctaose. Bull. Chem. Soc. Jpn.,
46, 2520-2523, 1973
(b) Lonn, H : Synthesis of a tri- and a hepta-saccharide which contain alpha-L-fucopyranosyl groups and are part of the complex type of carbohydrate moiety of glycoproteins. Carbohydr. Res., 139, 105-113, 1985
(2) Sliedregt, LAJM, Zegelaar-Jaarsveld, K, van der Marel, GA,van Boom, JH,: Use of 4-nitrophenylthio-beta-D-glycosides in oligosaccharide synthesis: A critical evaluation. Synlett.,335-337, 1993
(3) (a) Mootoo, DR, Konradsson, P, Udodong, U, Fraser-Reid, B: "Armed" and "disarmed" n-pentenyl glycosides in saccharide couplings leading to oligosaccharides. J. Am. Chem. Soc., 110, 5583-5584, 1988
(b)Veeneman, GH, van Boom, JH : An efficient thioglycoside-mediated formation of alpha-glycosidic linkages promoted by iodonium dichollidine perchlorate. Tetrahedron Lett., 31,275-278, 1990
(4) (a) Yamada, H, Harada, T, Takahashi, T : Synthesis of an elicitor-active hexasaccharide analogue by a one-pot, two-step glycosylation procedure. J. Am. Chem. Soc., 116, 7919-920, 1994
(b) Kanie, O, Ito, Y, Ogawa, T: Orthogonal glycosylation strategy in oligosaccharide synthesis. J. Am. Chem. Soc., 116,12073-12074, 1994
(c) Grice, P, Ley, SV, Pietruszka, J, Priepke, HWM, Walther, EPE : Tuning the reactivity of glycosides: Efficient one-pot oligosaccharide synthesis.Synlett., 781-784, 1995
1999年 9月 15日

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