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合成化学的見地から見たエンドグリカナーゼの糖転移機構

  糖加水分解酵素は、低分子量の配糖体を水解するグリコシダーゼと、高分子量多糖の内部グリコシド結合をランダムに切断するエンドグリカナーゼに大別される。グリコシダーゼではポケット状の領域に活性部位が存在する (図1A)。 これに対し、エンドグリカナーゼにはクレフトと呼ばれる裂け目があり、加水分解はこの部分で行われる (図1B)。一般に、糖水解酵素は加水分解だけでなくオリゴ糖ブロックを他のオリゴ糖鎖へ転移させる機能を併せ持っている。エンドグリカナーゼの活性サイトはクレフト状であるため、生成物がクレフトに沿ってシフトすることにより、次々と糖基質を供給することができる。また、エンドグリカナーゼは糖受容体サイトにおける基質の認識が厳密であるので、糖転移反応の位置選択性がグリコシダーゼに比べて高い。
図1
 エンドグリカナーゼを用いるグリコシド合成のために、還元末端にさまざまな脱離基を有する糖供与体基質が開発されている。フッ化β-セロビオシルはエンドβ-グルカナーゼにより加水分解されてセロビオースとなる (図2)。フッ化糖がエンドグリカナーゼの活性サイトに取り込まれると、フッ素原子の非共有電子対が酵素のカルボキシル基によりプロトン化され (図2A)、オキソカルベニウムイオン中間体が生成する (図2B,B')。水溶液中では、この中間体をβ側から水分子が攻撃して、β-セロビオースができる (図2C)。一方、この反応をアセトニトリル存在下で行うと、糖転移反応が連続的に優先して起こり、結果的にセロオリゴ糖が生成する (図2C')。この方法は、セロビオース単位の6位あるいは2'位にメチル基を導入した置換セロオリゴ糖、β(1→4)結合とβ(1→3) 結合を交互に持つ多糖、キシロースとグルコースを交互に持つオリゴ糖など、従来法では困難な天然多糖や非天然多糖の合成に応用されている。
図2
 次に、N-アセチルグルコサミンのポリマーであるキチンを分解するキチナーゼの新しい反応機構を紹介しよう。キチナーゼはそのアミノ酸配列の違いから2種類のファミリー (ファミリー18とファミリー19) に分類される。最近ファミリー18のキチナーゼに対し、図3に示す新しい加水分解機構が提唱された。すなわち、キチン内部のグリコシド結合がキチナーゼのカルボキシル基によりプロトン化されると、基質分子内のアセトアミド基のカルボニル酸素が1位炭素を求核攻撃し、オキサゾリニウムイオン中間体が生成し(図3A-B)、これにβ側から水分子が攻撃してβ水解物が生成する(図3B-C)。 
 この機構をもとに糖オキサゾリン誘導体を用いるグリコシル化反応を効率的に行うことができる。すなわち、糖オキサゾリン誘導体にアルカリ性条件下、Bacillus由来のキチナーゼを作用させると、糖受容体分子の4'位ヒドロキシル基への糖転移がスムーズに進行する。この反応はアルカリ性条件下でうまく起こる。つまりキチナーゼがほとんど活性を示さないアルカリ条件下では、目的とする糖転移反応のみが進行し、生成物の加水分解は起こらない。なぜそのような不可逆的なグリコシル化反応が可能なのであろうか。それは基質のオキサゾリン骨格が反応の遷移状態アナログであるために、グリコシル化反応の活性化エネルギーが著しく小さくなるからである。酵素活性を意図的に低下させることにより、生成物の加水分解を抑制できるのである。キチナーゼの新しい機構に立脚したこの方法論は、糖鎖工学における2-アセタミド2-デオキシ糖のグリコシル化法として期待される。
図3
正田晋一郎 藤田雅也(東北大学大学院工学研究科)
References (1) Shoda S, Fujita M, Kobayashi S : Trends Glycosci. Glycotechnol. 10, 279,1998
(2) Nishizawa K, Hashimoto K : "The Carbohydrates Chemistry and Biotechnology", Academic Press, Vol. 2A, (1980), p.241.
(3) Tews I, Terwisscha van Scheltinga AC, Perrakis A, Wilson KS, Dijkstra BW, J. Am. Chem. Soc. 119, 7954, 1997
(4) Shoda S, Kiyosada T, Mori H, Kobayashi S, Heterocycles, 52, 599, 2000
2001年 6月 15日

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