Glycoprotein
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グリコサミノグリカンの比較生化学

 硫酸化グリコサミノグリカン(GAG)は動物のみが産生し(図1)、植物からの単離の報告はない。ある種の細菌はGAGと同じ糖鎖骨格を持つ多糖を産生するが、それらは莢膜多糖であり、コアタンパク質に結合したプロテオグリカンの形で産生されることはなく、起源は異なるものと考えられる。
図1 動物の系統樹とGAGの分布
HS, ヘパラン硫酸; CS, コンドロイチン硫酸 ; DS, デルマタン硫酸; Chn, コンドロイチン; HA, ヒアルロン酸; KS, ケラタン硫酸


GAGの比較生化学を初めて本格的に行なったのは、1970年代のブラジルのDietrichらのグループである。彼らによって、脊椎動物はもちろんのこと、無脊椎動物でも腔腸動物から昆虫類に到るまで、広くGAGと思われる多糖が分布していることが示された (1)。しかし、当時の分析方法では定量的な解析や詳細な二糖組成分析は困難であり、また、脊椎動物と同様の構造をもったGAGを産生していることの証明も不十分であった。最近になって、蛍光標識とHPLCを用いた高感度分析法が進歩し、極微量の試料であってもGAGの二糖組成の定量的解析が可能となってきた。

近代的な手法によってGAGの存在が確認されている最も下等な多細胞生物は、現在のところ線虫C. elegansであり、多様な修飾構造を持ったヘパラン硫酸(HS)と、全く硫酸化されていないコンドロイチンが報告されている (2)。線虫のコンドロイチンの構造は1H NMR解析によっても確認されている。線虫は代表的なモデル生物であるが、その他のモデル生物のGAGとしては、ショウジョウバエD. melanogasterのGAGが詳細に解析されており、GAG生合成酵素群を欠損した変異体のGAGについても調べられている (3)。ショウジョウバエのHSは、線虫の場合と同様に多様な硫酸化修飾構造をもつが、コンドロイチン鎖は、硫酸化されていない二糖単位とN-アセチルガラクトサミンの4位が硫酸化された二糖単位のみから成る低硫酸化コンドロイチン硫酸(CS)である。デルマタン硫酸やヒアルロン酸は、いずれのモデル生物においても産生されていない。無脊椎動物でのデルマタン硫酸は、ホヤやウニ、軟体動物で報告されている。

魚類、両生類から哺乳類にいたるまで、脊椎動物のGAGの構造は極めて多様であり、様々な位置に硫酸化修飾を受けた複雑な構造の硫酸化GAGが器官、組織特異的に、また、発生や成長の時期特異的な制御を受けて合成されている。脊椎動物に属するモデル生物であるマウスやゼブラフィッシュにおいては、GAG生合成酵素のノックアウト実験より、GAG上の特異的な硫酸化構造の発現が生命活動において重要であることが証明されている。

GAGの構造複雑性と進化という観点から見ると、必ずしも高等動物ほど高硫酸化GAGを持つわけではないことがわかっている。サメ、メクラウナギ、カブトガニ、イカ、二枚貝類、ナマコ、ホヤなどの産生するGAGは高硫酸化された複雑な構造をしている。水生生物のGAGは高硫酸化傾向にあるのかもしれない。HSはかなり下等な生物からその存在が確認されており、線虫やショウジョウバエにおいても多様な硫酸化修飾を受けている。一方、CSは、下等な生物での報告は少なく、線虫では硫酸化されていないコンドロイチンしか存在していない。これらのことより、HSはより生命の基本的な活動において重要であり、CSはより高次機能の発現に重要であるという可能性も考えられる。進化の過程で生物がどのようにGAGの構造複雑性を獲得してきたのかについては今後の解析が待たれる。
山田修平(神戸薬科大学 生化学教室)
References (1) Cssaro CMF, Dietrich CP: Distribution of sulfated mucopolysaccharides in invertebrates. J. Biol. Chem., 252, 2254-2261, 1977
(2) Yamada S, Van Die I, Van den Eijnden DH, Yokota A, Kitagawa H, Sugahara K: Demonstration of glycosaminoglycans in Caenorhabditis elegans. FEBS Lett., 459, 327-331, 1999
(3) Toyoda H, Kinoshita-Toyoda A, Selleck SB: Structural analysis of glycosaminoglycans in Drosophila and Caenorhabditis elegans and demonstration that tout-velu, a Drosophila gene related to EXT tumor suppressors, affects heparan sulfate in vivo. J. Biol. Chem., 275, 2269-2275, 2000
Links
PG-C02: ショウジョウバエのグリコサミノグリカン (豊田英尚)
2006年6月30日

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