前立腺がんはアンドロゲン受容体(AR)シグナルに依存して増殖するが、ホルモン除去療法後に一部の症例が去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)へと進展する。その分子基盤として、ARを介さない「バイパスシグナル」の活性化が知られているが、そのシグナル制御機構は十分に理解されていない。本稿では、細胞表面に存在する糖鎖、特に硫酸化グリコサミノグリカン(GAG)に着目し、3-O-硫酸化ヘパラン硫酸(3-OS HS)によるEGFRシグナルの活性化と、コンドロイチン硫酸E(CS-E)によるIL-6/STAT3シグナルの増強という二つの独立した去勢抵抗性獲得機構を概説し、新たな治療標的としてのGAGの可能性を示す。 ...and more
糖鎖改変技術(Glyco-engineering)は、ペプチドやタンパク質などの生体分子に結合する糖鎖の構造を人工的に設計・改変する技術である。バイオ医薬品の分野では、薬物の特性を調整し、機能性の向上、標的特異性の強化、副作用の低減を目指した多様なアプローチが検討されている。特に、エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ(ENGase)を用いたモノクローナル抗体(mAb)の化学酵素的な糖鎖改変技術は、抗体薬物複合体(ADC)の部位特異的な結合を可能にするリンカーの提供に有用な手法の一つとして知られている。本稿では、化学酵素的アプローチによる創薬研究の最近の進展と、大規模生産における課題克服のための研究事例について紹介する。 ...and more
地球温暖化対策として化石資源への依存を低減する水素エネルギーが注目されているが、現在の水素生産のほとんどは化石資源に依存している。本研究では、カーボンニュートラルな資源である木材(スギ)とNaOHを固体状態で混合し、25〜120℃という極めて低い温度域で加熱するだけで水素が発生するという現象を見い出した。この「低温反応」は熱分解をはじめとした既存の水素生産技術とは全く異なる未知の反応経路であり、木材の主要三成分すべてで進行することを確認した。産業排熱の有効活用や低コスト・小規模な水素生産への応用が期待される技術である。 ...and more
再生医療、創薬、ならびに疾患モデル構築の分野において、細胞を三次元的に配置し、組織特有の微小環境を再現する技術として、生きた細胞を含むインク(バイオインク)を用いて三次元構造物を作製する3Dバイオプリンティングが注目されている。従来の組織工学では、あらかじめ作製した足場材に細胞を播種する手法が一般的であったが、3Dバイオプリンティングでは、細胞と材料を所望の位置に配置しながら構造体を形成できるため、より生体組織に近い複雑な構造の構築が可能である。 ...and more
二糖類は、二つの単糖ユニットをもつ最も単純なオリゴ糖であり、理論的には、D 体および L 体のアルドヘキソースの組み合わせによって、最大 3,056 種類のユニークな構造を形成し得る。これらの大半はこれまで研究対象とされてこなかったが、近年の希少糖合成技術の進展により、実験的な探索が可能になりつつある(Nakakita SI, Hirabayashi J, BBA Advances, 7:100143, 2025)。この進展は、甘味料、医薬品、生分解性材料などへの応用が期待され、天然糖には見られない特性を有する二糖の発見につながる可能性を示している。より複雑なオリゴ糖と比較すると、二糖は体系的な研究が容易であり、構造と機能の関係を検証する上で適切な研究スケールに位置している。本稿では、新たにアクセス可能となったこの化学空間を探索するための体系的枠組みとして、「二糖グライコミクス」を提案し、科学的にも実用的にも重要な発見への道を拓くことを目指す。 ...and more