Glycolipid
Japanese












糖脂質とアポトーシス

  アポトーシスは、病理的な条件下で起こる受動的な細胞死である壊死(ネクローシス)とは異なる細胞死の形態の発見に端を発して提唱された、新しい細胞死の概念である(1)。細胞の縮小、核の凝縮、断片化を特徴とし、やがて細胞は断片化してマクロファージや周辺細胞に貪食される。生化学的には、クロマチンDNAのヌクレオソーム単位での断片化が認められる。このような細胞死は、発生過程や成熟個体において不要になった細胞が死滅するときやウイルス感染やDNA損傷など生体にとって有害な細胞が出現したときに観察されることから、生体制御的および生体防御的な機能を持った能動的な細胞死であり、自ら死滅するための機構が細胞に備わっていることがわかってきた。
 
 これまでに調べられているすべての細胞では、カスパーゼというシステインプロテアーゼがアポトーシス実行の中心的分子としての役割を果たしていることが示されている。アポトーシスを引き起こす刺激によりカスパーゼのカスケードが活性化され、さまざまな細胞内タンパク質が分解されるとともにDNaseの活性化を介してDNAが切断される。一方、アポトーシスを誘導する因子やカスパーゼの活性化に至るシグナル伝達経路は、Fas-Fasリガンド系で主要なシグナル伝達経路がほぼ明らかにされている(2)ものの、細胞の種類や細胞の状態によってまちまちで多様である。
 
 スフィンゴ脂質セラミドが、いくつかのアポトーシス誘導シグナルのメディエーターとして関与していることが知られているが、最近、シアロスフィンゴ糖脂質ガングリオシドもアポトーシス誘導機構において重要な機能を果たしている可能性がでてきた。ヒト皮膚T細胞性リンパ腫細胞株HuT78とヒト単球性白血病細胞株U937では、Fasの三量体化によりカスパーゼが活性化されるとガングリオシドGD3が一過性に増加することが明らかになった。GD3自体に、アポトーシス誘導活性とミトコンドリアの膜電位(ΔΨm)を低下させる活性があることが判明し、GD3がカスパーゼの下流でのメディエーターとしてミトコンドリアの機能を変化させることによってアポトーシス誘導に関与している可能性が示された(3)。また、ガングリオシドGM3が増加するとヒト大腸癌細胞が成熟上皮細胞に分化し、終末分化の結果としてのアポトーシス、すなわち寿命死(自然死)が起こることが判明した(4)。
 
 本研究分野は始まったばかりであり詳細な機構は不明である。ガングリオシドが細胞の増殖・分化の制御だけでなく、アポトーシス誘導機構にも積極的に関与するということは、生体のホメオスタシス維持機構におけるガングリオシドの重要性を一層示すものであり、がんなどの疾患治療の新しいターゲットを提供するものと考えられる。今後の研究の進展が期待される。
野尻 久雄 (帝京大学・薬学部)
References (1) Kerr JFR, Wyllie AH, Currie AR Br. J. Cancer, 26, 239-257, 1972
(2) Nagata S Cell, 88, 355-365, 1997
(3) De Maria R, Lenti L, Malisan F, dユAgostino F, Tomassini B, Zeuner A, Rita Rippo M, Testi R Science, 277, 1652-1655, 1997
(4) Nojiri H, Manya H, Isono H, Yamana H, Nojima S FEBS Lett., 453 , 140-144, 1999
1999年 9月 15日

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