Glycoprotein
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発生・分化と糖鎖抗原

 糖質は動物細胞表面膜の主要構成物質で、その構造は発生に伴って顕著に変化する。異なった分化の段階には、それぞれに特異的な糖鎖が発現し、そういった特異的糖鎖はしばしば特異的な抗体で認識され、分化抗原を成す。成熟した個体ではそういった特異的糖鎖は特定の細胞種に限って発現するようになる。癌化に伴ってしばしば異常な糖鎖が発現される。それらの糖鎖は正常個体の発生・分化の早い時期に発現されるものが多く、それらは癌・胚発生抗原あるいは癌分化抗原と呼ばれる。

糖鎖分化抗原は糖結合蛋白のリガンドとなる。
 そうした抗原の一つにルイスX(あるいはSSEA-1抗原)がありマウスの初期胚でまず見つけられた。初期発生のコンパクションで、この糖鎖は役割を果たしていると考えられるが、成人個体では限られた組織や器官に見られる。シアル酸がついたシアリルルイスX、NeuNAcα2→3Galβ1→4(Fucα1→3)GlcNAc→Rは典型的な分化抗原で白血球に存在する。白血球上のシアリルルイスXは血小板や血管内皮細胞に発現するE-とP-セレクチンによって認識される。興味深いことは硫酸化されたシアリルルイスXは血管内皮の特定の領域(高内皮静脈)にあってリンパ球が血管からリンパ管系へ入っていくのを調節する交通信号となっている。これらの事実は、糖と蛋白の相互作用が上に述べた分子では二方向でお互いに対して起きていることを示す。またシアリルルイスXと硫酸化シアリルルイスXは特定の細胞にのみ発現している。これはフコース転移酵素VIIと硫酸転移酵素が白血球と高内皮静脈に特異的に発現していることによる。

糖鎖分化抗原の発現は、糖鎖の背骨構造が発現するかどうかにも依存する。
 なかんずく糖鎖分岐を作ることにより、それらの糖鎖が様々な機能をもつことになる。ムチン型糖鎖がコア2分岐をもった時、それにシアリルルイスX、及び硫酸化シアリルルイスXが合成されることが可能になる(図A参照)。セレクチンはそのようなシアリルルイスXに効率よく結合する。発生に伴ってコア2分岐の形成は非常によく制御されている。Tリンパ球の分化では、胸腺の皮質にある比較的未熟な胸腺細胞(Tリンパ球)ではコア2分岐をもった糖鎖が合成されるが、比較的分化した胸腺の髄質にあるTリンパ球はコア2分岐を合成しない。末梢Tリンパ球はコア2分岐を合成しないが、Tリンパ球の活性化に伴ってコア2分岐をもった糖鎖が合成されるようになる。

 更にWiskott-Aldrich症候群、エイズ、白血病ではコア2分岐を持ったO結合型糖鎖が合成される。これらのコア2分岐糖鎖はTリンパ球やBリンパ球の免疫応答を抑制し、これらの病気での免疫不全の原因の一つとなっていると考えられる。これらの例では、すべてコア2分岐の形成はコア2分岐形成β-1, 6-N-アセチルグルコサミン転移酵素の遺伝子発現の程度により決定されている。コア2分岐形成はO結合型糖鎖にN-アセチルラクトサミン(Galβ1→4GlcNAcβ1→3)の繰り返し構造を持つポリ-N-アセチルラクトサミンの形成へとつながる(図B)。ポリ-N-アセチルラクトサミンが合成されるとそれは更に修飾を受けて分化抗原を作る。フコースが二つ以上ついたシアリルルイスXはそういったものの一つで、これは白血球にあるフコース転移酵素IVとVIIの共同作用で合成される。

 N型糖鎖ではN-アセチルグルコサミン転移酵素VでGlcNAcβ1→6Manα1→6Manβ1→4 の分岐が合成されると、ポリ-N-アセチルラクトサミンがたくさん付くようになる。この分岐を持っているN型糖鎖は通常三つか四つの側鎖を持っている。この三あるいは四側鎖型の糖鎖は癌化に伴って増え、かつTリンパ球の活性化に伴って増える。こうした側鎖の数が増えることはポリ-N-アセチルラクトサミンの量が増えることにつながることになる。

 直鎖型のポリ-N-アセチルラクトサミンにN-アセチルラクトサミンの分岐が加わることにより、N-アセチルラクトサミンを増やすこともできる。これらの直鎖と分岐したポリ-N-アセチルラクトサミンは分化抗原であり、各々 iと I抗原と呼ばれる。ヒトの赤血球では出生後、 i抗原からI抗原の転換が起きる。I抗原は更に修飾を受けて例えばシアリルルイスXのような分化抗原を形成するようになる。そうしたポリ-N-アセチルラクトサミンの二つの隣り合せにある分岐に存在するシアリルルイスXは抗体やセレクチンなどにより強く結合される。胎児赤血球は直鎖型のポリラクトサミンをもっていることにより、免疫不適合な糖鎖抗原への自己免疫反応を最少に抑えていると考えられる。

  以上をまとめると糖鎖分化抗原の発現の調節は、骨格となる糖鎖構造の形成と、それの特異的な修飾により非還元末端に形成される特異的な糖鎖構造の形成によっていることになる。
O結合型糖鎖の合成経路 とO結合型糖鎖でのポリ-N-アセチルラクトサミンの合成経路
図

図
 
図の説明
A 活性化されていないTリンパ球はα-2, 3-シアル酸転移酵素とα-2, 6-シアル酸転移酵素が働くことによって四糖(図 左下)を合成する。コア2分岐β-1, 6-N-アセチルグルコサミン転移酵素があると、分岐した六糖(図 右下)が合成される。
B コア2分岐のβ-1, 6-結合をしたN-アセチルグルコサミンに、β-1, 3-N-アセチルグルコサミン転移酵素がある時には、ポリ-N-アセチルラクトサミンが伸長される。ポリ-N-アセチルラクトサミンは更にα-1,3-フコース転移酵素が働くことによりシアリルルイスXを非還元末端に付ける。
糖鎖分化抗原は蛋白機能の調節をすることによっても機能する。
 そういった糖鎖の一つとしてポリシアル酸がある。ポリシアル酸はα2, 8結合をしたシアル酸が直鎖で多量体を形成したもので、神経の発生に伴って大きな変化をする。胎児の脳では、この糖鎖はN-CAMについている。成人脳の大部分のN-CAMは、それに反してポリシアル酸を持ってないが成人でも神経細胞の再生を続けている海馬や嗅球ではポリシアル酸化したN-CAMが残存する。正常成人の器官では、ほとんどポリシアル酸がないのに対して肺小細胞癌や腎臓のWilm's腫瘍では、ポリシアル酸をたくさん合成する。これらの癌でポリシアル酸は癌細胞が浸潤したり、転移に際しての癌細胞の動きを手助けしていると考えられる。最近、ポリシアル酸転移酵素としてPSTやSTXのcDNAがクローン化された。PSTやSTXをN-CAMを合成しているHeLa細胞に発現させると、N-CAMにポリシアル酸を導入し、かつ、そういった細胞はN-CAMだけを発現させたHeLa細胞よりもよりよく神経細胞の伸長を促した。こうした結果はポリシアル酸が神経細胞の動きを促しているという考え方とよく一致する。

 ポリシアル酸の生合成は二通りに受容体によって決まっている。一つはポリシアル酸は主にN-CAMについていて他の糖蛋白にはほとんどついていない。二つ目にはN-CAMのN-アセチルラクトサミンにα2,3の結合でついているシアル酸上にポリシアル酸がついている。理論上従ってα2,3結合のシアル酸の有無がポリシアル酸が合成されるかどうかを決める。マウスの発生に伴うポリシアル酸の合成の変化はしかしながら主にはPSTとSTXの遺伝子発現(転写)の変化によっている。出生後STXの発現は大きく減少するが、PSTの発現は成人脳でもかなり見られる。ポリシアル酸合成はPSTとSTXの賦活化物質であるCa2+によっても調節されている。PSTやSTXの発現がほとんど減らない時でも細胞内でのCa2+濃度を減少させることによりポリシアル酸合成は減少する。

 以上のことは糖鎖分化抗原の合成の調節機構の典型例の一つであり、ポリシアル酸の量は、ポリシアル酸転移酵素の転写の程度と賦活化物質であるCa2+の濃度の程度の両方で調節されていることになる。
福田 穰(The Burnham Institute,La Jolla,CA)
References (1) Fukuda M : Possible roles of tumor-associated carbohydrate antigens. IN: Perspectives in Cancer Research, Cancer Res. 56, 2237-2244, 1996
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(3) Brusés JL, Rutishauser U : Regulation of neural cell adhesion molecule polysialylation: Evidence for nontranscriptional control and sensitivity to an intracellular pool of calcium. J. Cell Biol. 140, 1177-1186, 1998
(4)) Ohyama C, Tsuboi S, Fukuda M : Dual roles of sialyl Lewis X oligosaccharides in tumor metastasis and rejection by natural killer cells. EMBO J. 18, 1516-1525 1999
1998年 6月 15日

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