GALECTIN
English












「レクチン」用語解説を始めるに当たって

平林 淳(帝京大学・薬学部)
  レクチンとは狭い定義によれば「酵素や抗体を除く多価の糖結合性タンパク質、もしくは糖タンパク質」であった。この世界に足を踏み入れたばかりの私も金科玉条のようにこれを記憶した覚えがある。今日では多くの「例外」の発見によって、レクチンの定義はもっと柔軟に解釈されている(「糖鎖を特異的に認識して結合、架橋形成するタンパク質」といったところであろうか)。例えば、最古のレクチンであるリシンはRNA-N-グリコシダーゼという「酵素」活性をもつし、ガレクチンの一種であるCharcot-Leyden結晶性タンパク質はリゾフォスフォリパーゼ活性をもつ。SialoadhesinなどのI-型レクチンは免疫グロブリン超家系のメンバーである。また、「多価である」こともレクチンとして重要な要素であるがもはや絶対的ではない。レクチンには、酵素の触媒機能のような明確な役割がわからない場合が多く、いわば便宜的な「術語」として扱われている場合も多い。しかし、レクチンが「糖鎖の解読者」であることに対しもはや異議を唱える者はいないであろう。


 一方、分類の方では「結合特異性」に基づく方法がもっともなじみが深く、少なくとも実利的な面では役立っている。しかし、レクチンの詳細な特異性を調べると、同じガラクトース特異的レクチンでも実際の識別能はかなり異なっていることが多いし、簡単な糖に高い親和性を示さないレクチンも多く見つかっている。分類は人間の特権であるかもしれないが、結局その時々の知識を整頓するのに都合のいい方便と知るべきだろう。分子生物学を基盤とする現代科学の見識からすれば、レクチンも他のタンパク質と同様、「ファミリー」の概念によって把握するべきだろう。今日では多くのレクチンの一次構造が明らかにされているので、どのレクチン分子が近縁であるかが客観的に判断できる。レクチンに戸籍ができたわけである。もちろん、まだ仲間の見つかっていないレクチンも多々ある。しかし、ヒトをはじめとする多くの生物の全遺伝子構造が近い将来解読されようとしている時代においては、レクチンも先ずタンパク質(遺伝子)ファミリーとして整理していくのがもっとも適切な方法であると思う。


 この「レクチン」の用語解説を始めるに当たり、ファミリーとして現時点で代表的なレクチンを選定し、その上で、それぞれを専門に研究されている先生方に簡単な解説文を執筆してもらうことにした。何がトピックであるかは各項目によるとして、以下は概要を紹介するにとどめる。
1)ガレクチンは急速に家系を広げつつある動物レクチン家系で、ガラクトースに対する親和性をもつ。
2)C-型レクチンは、多様な分子構造と生物機能・糖特異性を示すカルシウムイオン依存性の動物レクチン家系である。
3)その中の一群として、細胞接着等に関与するセレクチンサブファミリーがあるが、それらのシアリルLeX構造に対するユニークな特異性と独自の存在位置から独立項目とした。
4)一方、C-型レクチンの中にはマンノースに特異性を示し、分子中にコラーゲン様構造をもつレクチン群が存在する。初期免疫に関与するとされるこのサブファミリーはコレクチンと称される。
5)一方、無脊椎動物の体液中には生体防御因子と考えられるC-型レクチンを含むレクチンが多種多様に存在する。日本人グループが特に優れた研究成果を挙げているが、最近、棘皮動物から溶血活性を示すレクチンが見つかっている。
6)アネキシンは脂質に親和性を持つタンパク質として研究されていた一群の家系だが、グリコサミノグリカンに対し一定の親和性を示すことが最近明らかになり、レクチンとしての研究が注目されている。以上は動物由来のレクチンであるが、植物にもユニークなレクチンが多い。
7)有名なConAをはじめとする豆科レクチンは膨大な数の家族員を擁し、特異性の多様性では動物C-型レクチンに匹敵する。最近ではどの様な機構で糖の識別や親和性の増大がなされているのかの研究が進んでいる。
8)リシンは100年以上前にロシアで発見された最初のレクチンであるが、毒性や特異性に関し実に多様な、幅の広いファミリーであることが明らかになってきた。
 もちろん、ファミリーとしての大局をつかむだけではレクチンや糖鎖の機能を全て理解したことにはならない。家族員それぞれは互いに似てはいても必ず「個性」があるし、「種の違い」の問題もあるからだ。この二つの方向性をバランスよく理解できたとき、今まで見えなかった糖鎖の意味と生命の本質が見えてくるのではないだろうか。
1997年 12月 15日

GlycoscienceNow INDEXトップページへ戻る