Nervous System & Sugar Chain
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神経と糖鎖:糖鎖神経生物学研究の勧め

最近の糖鎖生物学の進展は、多細胞生物における細胞間コミュニケーションのシグナル分子、細胞内でのタンパク質の品質管理、細胞内でのタンパク質の振り分け、など糖鎖の重要性を明らかにしつつある。タンパク質や核酸のような直鎖分子と違って、糖鎖は分岐している。さらにタンパク質や核酸にはない結合位置やアノマー様式の多様性によって、限られた少数の構成単糖により形成可能な糖鎖構造の数は膨大なものとなる。糖鎖の持つこうした特性は、糖鎖の正確な構造決定を困難にし、そして構造情報が貧弱だったために糖鎖の機能も長い間あまり良く分からなかった。しかしながら、糖鎖の構造解析技術の進歩により、その正確な構造を知ることができるようになってきた。特に限られた極少量の生体成分でも新たな珍しい糖鎖がみつけられるようになってきた。糖タンパク質や糖脂質やプロテオグリカンなど糖鎖を有する分子は、細胞表面や細胞外成分として存在し、神経系の発生やシナプス活性の調節や成人における脳損傷からの再生過程などにおいて重要な役割を果たしている。たとえば、胎児型の神経細胞接着分子(NCAM)にポリシアル酸は結合しているが、成人型NCAMではその鎖長は劇的に減少する。一方、成人脳ではポリシアル酸を持ったNCAMは、成人してからも盛んに神経再生、細胞移動、軸索伸長、シナプス可塑性がみられる海馬に存在する。NCAMのポリシアル酸はNCAMどうしの強い結合を阻害する重要な調節因子であると認識されている。

糖鎖の生合成は鋳型によって形成されるのではなく、糖転移酵素の発現調節、基質特異性、神経系を含めた各組織での分布などによって制御されている。糖転移酵素は、細胞の発生分化あるいは病気の発症などで大きな役割を果たしていることが明らかになりつつある。ある特定の糖転移酵素を欠損したノックアウトマウスを作製すると、神経系の機能異常や神経系の発生異常が起こるので、重要な糖転移酵素や糖鎖が分かってきた(1)。さらに神経系における糖鎖の重要性は、精神運動遅延など様々な神経臨床的特徴を示す(N型糖鎖の欠損により起こる)先天性糖鎖不全症候群の解析でも明らかになった。さらにN型糖鎖不全だけでなく、神経細胞移動障害を伴う筋ジストロフィーがO-マンノース型糖鎖不全で起こるという発見からも神経系における糖鎖の重要性は明らかとなった(2)。

神経系における糖鎖の機能的役割を理解することは、脳神経系の機能について我々の理解をより深めるだけでなく、将来脳神経系疾患の治療に向けて糖鎖が新たな標的分子になるかもしれない。我々はまだ複雑な糖鎖の構造と機能を十分に理解したとはいえないが、糖鎖神経生物学は来たるべき脳神経系の医薬面でも新時代を拓くことが期待される。このシリーズでは、各項目で最先端の脳神経系の糖鎖についてまとめてもらった。

遠藤 玉夫(財団法人東京都高齢者研究・福祉振興財団 東京都老人総合研究所 糖蛋白質研究グループ)
References (1) Lowe JB, Marth JD: A genetic approach to Mammalian glycan function. Annu. Rev. Biochem., 72, 643-691, 2003
(2) Endo T, Toda T: Glycosylation in congenital muscular dystrophies. Biol. Pharm. Bull., 26, 1641-1647, 2003
2004年2月15日

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