Nervous System & Sugar Chain
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中枢神経発生におけるヘパラン硫酸の役割

期待に反したヘパラン硫酸型プロテオグリカンノックアウトマウス
ヘパラン硫酸型プロテオグリカン(HSPG)は、その糖鎖の部分であるヘパラン硫酸(HS)に、軸索誘導因子、細胞外マトリックス、成長因子やサイトカインなどの分子を結合させる能力を持ち、生体内の発生過程の様々な現象に関わっていることが知られている(PG-A01)。またハエのHSPGやHS合成酵素をコードする遺伝子に変異が生じるとヘパラン硫酸に結合する分子の遺伝子に変異を起こした場合に生ずる奇形に酷似している(1)。中枢神経組織の発生段階で豊富に発現するHSやHSPGは、さまざまなHS結合分子の作用を介して、哺乳動物の中枢神経系の発達にも重要な役割を担っているはずだと信じられ、さまざまなHSPGのコアタンパクをコードする遺伝子のノックアウトマウスが作成されてきた。しかし、これまでのところ、HSPGコアタンパクのノックアウトマウスにおいて、著しい中枢神経組織の奇形は報告されていない(2)。その理由として、それぞれのHSPGは発生過程でよく似た発現パターンをしているので一つのHSPGをノックアウトしても他のHSPGが代償しているからという可能性と、もうひとつはHSPGと結合が報告されている分子の多くはコアタンパクよりもむしろHSに結合するからという可能性とを考え、むしろHSをノックアウトしなければ、HSPGの役割を解析することは難しいと考えた。

FGFの作用に必要なHS
そこで、我々はHS合成に不可欠な酵素であるEXT1のゲノムをLoxPで修飾したゲノムに組み替えたマウスを作成し、Nestinプロモータを持つCreトランスジェニックマウスを掛けあわせ、神経組織特異的にEXT1をコンディショナルにノックアウトした(3)。そのEXT1コンディショナルノックアウトマウスは、著しい中枢神経組織の異常を伴い、出生直後に死亡した。そのマウスの脳は、異常に小さな大脳皮質、嗅球の欠損、小脳の形成異常が見られ、それらの形態異常は、HS結合能を持つ8型線維芽細胞成長因子(FGF8)の変異マウスの脳形態異常と酷似していた。さらに小脳形態形成のシグナル経路においてFGF8のシグナル下流にある分子Wnt1の変異マウスとEngrailed-1のノックアウトマウスとも小脳奇形が酷似しており、EXT1コンディショナルノックアウトマウスでは、それらの分子の発現分布に乱れが生じていた。これは、HSがFGF8の局在に重要であり、その下流の分子群の適切な発現分布を促していることによるものである。また、胎仔大脳皮質培養細胞に、FGF刺激を加えても、変異マウスのFGF誘導性細胞分裂は著しく低下しており、EXT1コンディショナルノックアウトマウスの大脳皮質の低形成は、HSは哺乳動物の中枢神経発生過程におけるFGFの正常な生理活性作用に必要な分子であることを反映している。

 
 
軸索誘導に必要なHS
EXT1コンディショナルノックアウトマウスの脳には、脳梁、海馬交連、前交連の軸索誘導に著しい異常がみつかり、HSが軸索誘導に不可欠な分子であることが明らかとなった。さらにおもしろいことに、視神経は、視交叉を通過した後、通常、対側の上丘へ投射するが、そのノックアウトマウスの視神経の大半は、視交叉を通過した後、対側眼へ向かって異常な投射をした。さらにその視交叉での異常は、HS結合能をもつ軸索伸長抑制因子であるSlitタンパクによる視交叉形成にHSが関わっていることがわかった。
このようにHSは哺乳動物の中枢神経発生において、少なくとも小脳および大脳の形成、軸索誘導に不可欠な分子であることが明らかとなった。
稲谷 大 (大阪赤十字病院眼科)
References (1) Selleck SB: Proteoglycans and pattern formation: sugar biochemistry meets developmental genetics. Trends. Genet., 16, 206-212, 2000
(2) Forsberg E, Kjelln L: Heparan sulfate: lessons from knockout mice. J. Clin. Invest., 108, 175-180, 2001
(3) Inatani M, Irie F, Plump AS, Tessier-Lavigne M, Yamaguchi Y: Mammalian brain morphogenesis and midline axon guidance require heparan sulfate. Science, 302, 1044-1046, 2003
2005年1月24日

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