Glycoprotein
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糖鎖を介した品質管理と生物進化

真核細胞において、小胞体は分泌経路を通る可溶性および膜タンパク質の合成の場である。ここで作られるタンパク質のうち、機能的なタンパク質のみを選別し、各々の機能部位に輸送するシステムを、小胞体におけるタンパク質の“品質管理機構”(quality control system)と呼ぶ。最近の研究により、アスパラギン(N)型糖鎖の小胞体におけるプロセシングは糖タンパク質のフォールディングの成熟過程と密接な関わりがあることが分かってきた。即ち、糖鎖構造を認識のタグとして、糖タンパク質の正しい高次構造の獲得を助長したり、また異常タンパク質の分解を促進する、という役割である。これらの機構は(1)Glc3Man9GlcNAc2という14糖のドリコールピロリン酸からタンパク質への転移、(2)α-グルコシダーゼI/IIによる素早い脱グルコシル化、(3)UDP-グルコース:糖タンパク質グルコース転移酵素(UGGT)による高次構造不全タンパク質の選別と再グルコシル化、(4)カルネキシン(CNX)/カルレティキュリン(CRT)によるモノグルコシル化糖鎖の認識、という手順を追っている()。CNX/CRTはいわゆる糖鎖依存的な分子シャペロンとして機能し、高次構造不全糖タンパク質の凝集を防ぐとともに、正しい高次構造の獲得を(直接的か、あるいは間接的に)促進する。このグルコースはある時間経つとα-グルコシダーゼIIによって外され、またUGGTの審判をうけて不良品と判断されれば再びグルコースが付加されてCNX/CRTの認識のサイクルに入る(“カルネキシンサイクル”)。

これらの反応はおおむね真核細胞に普遍的に存在するが、幾つかの例外がある。(a)トリパノソーマ原虫は、種によってMan6GlcNAc2, Man7GlcNAc2, Man9GlcNAc2といったグルコシル化されていないオリゴ糖を転移する。それ故、UGGTによる再グルコシル化が脱グルコシル化を待たずに起こる。(b)出芽酵母(パン酵母)においては、CNXのオルソログにはモノグルコシル糖鎖を認識する能力がなく、またUGGT活性も存在しない。よっていわゆる“カルネキシンサイクル”は存在しない。但し全てのカビがそうであるという訳ではなく、例えば実験モデル生物として知られる分裂酵母は上記のシステムを全て備えているようである。

CNX/CRTの助けも空しく、正しい高次構造の獲得がかなわなかったタンパク質は放置しておくと毒性のある凝集体を形成する恐れもある。そこでそれらの不要タンパク質は細胞質に放出され(タンパク質の“再輸送”)、プロテアソームによって分解、除去される。これらの機構をタンパク質の小胞体関連分解(ER associated degradation: ERAD)というが、最近見い出されたEDEM(ER degradation enhancing α-mannosidase-like protein)と呼ばれるマンノシダーゼ様タンパク質は、その分子メカニズムの詳細は不明であるが、恐らくMan8B()のような糖鎖構造を認識して糖タンパク質特異的に分解を促進しているようである。このEDEM分子も酵母からヒトに至るまで、真核生物に広く保存されている。


 
糖タンパク質の小胞体関連分解(Glycoprotein ERAD、GERAD)
ER内腔内でドリコールピロリン酸上に作られたGlc3Man9GlcNAc2という14糖構造はオリゴ糖転移酵素によってタンパク質上のAsn-Xaa-Ser/Thr(Xaa=Pro以外のアミノ酸)に付加される。その後末端のGlcはα-グルコシダーゼIおよびIIの作用で迅速にとり除かれる。カルネキシンサイクル(CNX/CRTサイクル)はUGGTとα-グルコシダーゼIIの相互作用によって担われており、このサイクルはα-マンノシダーゼIの作用によって阻害される。正しい高次構造を持ったタンパク質はUGGTによって認識されないのでサイクルから外れ、折り畳みが早ければα-マンノシダーゼの作用を受けずに分泌経路に向かう。一方、Man8B(と、恐らく更にManが刈り込まれた糖鎖)構造を持つタンパク質もカルネキシンサイクルを外れ、EDEMによって認識され、分解経路へと向かう。細胞質ではFbx2(Fbs1)といった糖鎖結合能を持つFboxタンパク質を持ったユビキチンキナーゼであるSCF複合体(Skp1-cullin1-Roc1-F-boxタンパク質による複合体)によってN型糖鎖依存的に高次構造不全基質にポリユビキチン鎖が付加される。ポリユビキチン化された標的タンパク質は細胞質のPNGaseにより糖鎖の脱離を受けた後、26Sプロテアソームによって分解される。
 

哺乳動物においては、ERADによって分解されるタンパク質が細胞質に放り出されたあと、Fbs1/2(Fbx2とそのパラログ)と呼ばれるユビキチンリガーゼによって糖鎖部分が認識され、プロテアソームによる分解の認識タグであるユビキチン化が起こる。この経路に関しては明確なオルソログが下等真核細胞には見当たらず、同様な機構が別の分子によって担われるのか、それとも高等動物特異的な機構なのかは今後の解析が待たれるところである。N型糖鎖はプロテアソームによる分解をうける前にPNGaseによって糖鎖の脱離を受ける。この酵素は真核細胞に広く保存されている。ただし糖鎖の脱離反応の後、その代謝の経路は哺乳動物と出芽酵母では大きく異なる。代謝の分子メカニズムについてはどの生物系についても殆ど不明なのが現状である。

鈴木 匡(大阪大学大学院医学系研究科生化学教室)
References (1) Spiro RG: Role of N-linked polymannose oligosaccharides in targeting glycoproteins for endoplasmic reticulum-associated degradation. Cell Mol. Life Sci. 61, 1025-1041, 2004
(2) Helenius A, Aebi M: Role of N-linked glycans in the endoplasmic reticulum. Annu. Rev. Biochem. 73, 1019-1049, 2004
Links
GP-B07粗面小胞体のタンパク質品質管理機構における糖鎖の役割 (佐藤祥子)
GP-B08細胞内ペプチドN-グリカナーゼの役割 (井上貞子)
GP-C04 タンパク質分解シグナルとしてのN-結合型糖鎖 (田井 直)
小胞体ストレスと小胞体関連分解-小胞体品質管理に関与するマンノシダーゼ様タンパク質- (細川暢子・永田和宏)
細胞質ペプチド:N-グリカナーゼ (鈴木 匡)
 

 

 
2004年12月28日

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