Fertilization / Development & Sugar chain
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哺乳類透明帯タンパク質の糖鎖機能

哺乳類卵子を包む卵外被は透明帯と呼ばれ,透明帯は卵子形成および成熟に必要であるとともに受精後も着床まで胚を保護する。透明帯の糖鎖機能で特に注目されているのは受精のときの精子−卵子間認識への関与である(哺乳類の受精と糖鎖参照)。研究が先行しているマウスにおいて,in vitro実験系で,透明帯を構成する3種類の糖タンパク質のうちZP3が,さらにZP3のO結合型糖鎖が精子認識部位であることが約20年前に示された。ZP3ポリペプチド鎖のC末端付近Ser-332とSer-334に付加したO結合型糖鎖が精子認識部位である(Wassarman説)。O結合型糖鎖の特定の糖残基と精子形質膜上のレクチン様タンパク質との特異的結合によって精子−卵子間認識が説明できるとのモデルがたてられ,複数のグループによって様々な異なる糖残基が候補として示された。糖残基あるいは精子側因子のどちらかを欠いたトランスジェニックマウスが不妊となれば,このモデルが正しいことが証明できる。しかしながら,1995年のαGal説を否定する報告にはじまり,糖転移酵素遺伝子のノックアウトマウスで雌性不妊となった例はいまのところない。精子側因子の例として,β1,4ガラクトース転移酵素I(GalTI)はレクチンとして働きZP3のβGlcNAcと結合し,これにより精子の先体反応が誘起される。受精成立後に表層顆粒から分泌されるβ-ヘキソサミニダーゼBが透明帯のβGlcNAcを除き,透明帯の精子結合能をなくす。このようにβGlcNAc説で精子認識と多精拒否機構をうまく説明できる。しかしながらGalTIを欠いた精子ではZP3との結合性が低下するものの受精は正常に起こる。つまり透明帯の糖鎖機能はGalTIとβGlcNAcを介したZP3との結合だけでは説明できない。精子と透明帯糖鎖との相互作用は複数の種類の糖残基と各々に対応する複数の精子側因子との結合からなる複雑なものであるため(図,(1)),そのうちの一つを欠いても不妊にならないと考えられている。

哺乳類透明帯の精子認識および受精後の精子結合能消失を説明するための2つの説

マウスZP2をヒトZP2で置換えたレスキューマウスではマウス由来のZP2プロセシング酵素がヒトZP2には作用しないため多精拒否が起こらず受精成立後も精子が多数透明帯に結合している(図,(4))。受精に伴う透明帯糖鎖構造変化だけでは多精拒否には十分ではないと考えられるとともに,糖鎖ではなく透明帯タンパク質の立体構造が主に精子結合に関与するという新しいモデルが提示された(超分子構造説,図,(3))。レスキューマウスではZP2プロセシングに伴う超分子構造変化が起こらないため,受精成立後も透明帯の精子結合能が維持される。

マウスZP3をヒトZP3に置換えたレスキューマウスの透明帯ではポリペプチド鎖がヒトZP3になっているもののヒト精子は結合せずマウス精子が結合する。O結合型糖鎖の構造はマウスZP3と同じであることから,糖鎖が精子を種特異的に認識するというこれまでのモデルが支持される。また,動物種は異なるが,ブタにおいてはZPBとZPCとの複合体が精子結合能を示し,ブタZPBとZPCの糖鎖構造をウシ透明帯のものに似た構造に変えることにより,認識される精子がブタからウシへ変る。このように,糖鎖の重要性を支持する結果も蓄積されており,これまでのトランスジェニックマウスを用いた実験でも必ずしも否定されているわけではない。透明帯の構造が動物種により異なることがわかってきたため,マウスでのモデルが他の動物種にもそのままあてはまるとは限らない。ADAMファミリーあるいはアンジオテンシン変換酵素を欠損した精子が透明帯に結合しないこと,SED1ノックアウトで透明帯との結合が低下することが最近報告されている。これらのタンパク質の機能解析から精子認識における透明帯糖鎖の重要性の有無があきらかになるかもしれない。

米澤直人,中野實(千葉大学理学部化学科生命化学講座)
References (1) Hoodbhoy T, Dean J: Insights into the molecular basis of sperm-egg recognition in mammals. Reproduction, 127, 417-422, 2004
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(3) Yonezawa N, Kudo K, Terauchi H, Kanai S, Yoda N, Tanokura M, Ito K, Miura K, Katsumata T, Nakano M: Recombinant porcine zona pellucida glycoproteins expressed in Sf9 cells bind to bovine sperm but not to porcine sperm. J. Biol. Chem, 280, 20189-20196, 2005
 
2006年2月28日

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