English












植物に対するオリゴ糖のシグナル機能

 植物は様々なオリゴ糖あるいはその誘導体をシグナル分子として認識し、生体防御や分化など重要な生命現象につながる細胞応答を開始する系をもっている。Albersheimらは、こうした機能をもつオリゴ糖を"Oligosaccharin"と呼ぶことを提唱している。
 
 もっとも解析が進んでいるのは植物・微生物相互作用におけるオリゴ糖の役割である。中でも植物の生体防御応答におけるオリゴ糖の機能に関しては最も古くから研究が行われてきた。様々な植物細胞において、キチンやキトサン、β-1,3-, 1,6-グルカンから生ずるオリゴ糖が生体防御反応を誘導することが知られている。植物中にはこれらの多糖は存在せず、逆に多くの病原菌を含む菌類には普遍的に存在するため、これらの糖鎖を介して自他の識別を行い、防御応答を開始することは極めて理にかなっているといえよう。これらの多糖を分解する酵素やレクチンが植物のみならず他の生物においても生体防御系で重要な役割を果たしていることを考えると、このような識別の原理は進化的に保存された極めて始原的なものであると考えられる。

 植物細胞壁の成分であるペクチンの断片(オリゴガラクチュロン酸、OGA)も植物の生体防御反応を誘導する。この場合は、外敵の侵入により自己の細胞表層が分解されることが警戒シグナルとなると解釈されている。この系では、病原菌のポリガラクチュロナーゼの作用で生じたOGAが、シグナルとして機能するのに必要な大きさを保つため、植物はポリガラクチュロナーゼ阻害タンパク質を分泌するというダイナミックな防御機構の存在も示唆されている。
 
 一方、豆科植物と根粒菌の相互作用においては、根粒菌が生産するリポキチンオリゴ糖(Nod-factor)が感染過程や根粒形成に重要な宿主植物細胞の分化を誘導することが知られている。Nod-factorの構造(キチンオリゴ糖の長さ、脂肪酸の種類、硫酸基やその他の糖の存在)は生産する根粒菌により多様に変化しており、宿主特異性の決定に重要な役割を果たしていると考えられている。
 
 これらの系ではオリゴ糖の受容からシグナル伝達、遺伝子発現調節に至る過程の解析が進められており、一部についてはオリゴ糖受容体の単離・遺伝子クローニングが始まっている。
 
 植物の分化・生長制御に関しては、Nod-factorを除けば植物自身の細胞壁多糖由来のオリゴ糖に関する報告が多い。ペクチン主鎖の断片であるOGAは生体防御だけでなく分化誘導にも関わっているという報告があり、また、キシログルカンの特定の断片には濃度により抗オーキシンあるいはオーキシン様の生長制御活性が認められる。アラビノキシラン断片のフェルラ酸誘導体にも細胞伸長抑制活性が認められる。また、糖タンパク質のN−結合糖鎖が植物細胞の再分化に重要な機能を果たしているという報告もある。この他、植物細胞壁多糖には著しく複雑な構造を持つものがあり、これらの断片が何らかのシグナル機能を持つのではないかという推測は以前からあるが、今のところ裏付ける報告はない。
 
 これらの系は実験系も複雑で、オリゴ糖の受容やシグナル伝達に関する研究はほとんど行われていない。
 
 植物におけるオリゴ糖の機能は、糖鎖そのものがシグナル分子として働いている点で興味深く、糖鎖生物学研究のモデル系としても優れている。また、オリゴガラクチュロン酸やキチン・リポキチンオリゴ糖の例に見られるように、生体防御と発生分化の関連という点からも興味深い題材を提供している。

渋谷直人(農水省・農業生物資源研究所)
References (1) CA, Ryan, EE, Farmer: Oligosaccharide signals in plants: A current assessment. Ann. Rev. Plant Physiol. Mol. Biol. 42, 651-674, 1991
(2) F, Cote, MG, Hahn: Oligosaccharins: Structure and signal transduction. Plant Mol. Biol. 26, 1379-1411, 1994
(3) J, Ebel, D, Scheel: Signals in host-parasite interactions. "The Mycota V Part A", Carroll/Tudzynski eds., Springer-Verlag, 1997.
(4) 渋谷直人、南栄一:生体防御機構を活性化するシグナル(エリシター)としての糖鎖. タンパク質・核酸・酵素、43、267-275、1998
1999年 12月 15日

GlycoscienceNow INDEX トップページへ戻る