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キシログルカンオリゴ糖による成長調節

 エンドウ上胚軸をオーキシンとともにインキュベイトすると胚軸の伸長が促進される。この反応液中に、フコース残基をもつキシログルカンオリゴ糖が存在すると胚軸の伸長が阻害される。エンドウ上胚軸を伸長させるために必要なオーキシンの濃度が10-5〜10-6Mであるのに対して、伸長を阻害(抗オーキシン効果)するオリゴ糖の濃度は10-8〜10-9Mと千分の一の濃度で作用する。その際、キシログルカンオリゴ糖は、α-フコシダーゼを誘導するなどのシグナル機能を示すことが示唆されている。しかしながら、伸長を阻害する効果は、天然オーキシン(インドール酢酸)ではなくて合成オーキシン(2,4-ジクロロフェノキシ酢酸)を用いた際のみ認められること、オリゴ糖の濃度が高くなると効果を示さないこと等、不明な点が多い。

 逆にキシログルカンオリゴ糖を高濃度(10-6M以上)で与えると、エンドウ上胚軸切片の伸長が促進される。この促進効果について、最近細胞壁の粘弾性の低下が指摘されている。この効果は、細胞壁中に存在してキシログルカンのつなぎ換え架橋を触媒するキシログルカンエンドトランスグルコシラーゼの関与が示唆されている。すなわち、キシログルカンオリゴ糖は、この酵素の基質となって細胞壁キシログルカンの分解を促進することになる。

 細胞壁糖鎖として存在する高分子キシログルカンが、断片化し、植物細胞の成長に対する正または負のフィードバックコントロールを担っていると要約できる。

 キシログルカンは、伸長・肥大している植物細胞の壁(一次壁)に普遍的に存在する構成糖鎖である。キシログルカンの化学構造は、1,4-β-グルカン主鎖のグルコース残基にキシロースがα(1→6)で結合している。植物種特異性は、そのキシロース残基にガラクトースまたはフコシル-ガラクトースが結合することによって生じる。このガラクトース残基及びフコース残基にはそれぞれレクチンが結合できるが、これら分岐糖鎖の機能は分かっていない。骨格であるグルカン主鎖は、セルロースと同じ1,4-β-グルカンであるためにセルロースと水素結合によって特異的に結びつくことができる。細胞壁中では、キシログルカンとセルロースのネットワークが形成されている。

 エンドウ上胚軸切片をオーキシンを含む溶液に浸すと切片は伸長するが、15分以内にキシログルカンの分解・可溶化が生じる。この効果は、オーキシンの濃度に比例して、伸長する組織の長さに比例して、可溶化されるキシログルカン量も増加する。一方、キシログルカンに対する抗体を組織切片に与えると、キシログルカンの低分子化が阻害され、細胞伸長も抑えられることが報告されている。キシログルカンの分解・可溶化に関与している酵素タンパク質としては、キシログルカンとセルロースの水素結合をゆるめるエクスパンシン、キシログルカンを分解するキシログルカナーゼ、キシログルカンエンドトランスグルコシラーゼ、さらにセルロースを分解するセルラーゼの4つが考えられている。

 植物細胞の成長は、細胞の持っている浸透圧に由来する吸水現象によって生じる。吸水力は、細胞壁のゆるみによる壁圧の減少によって生じる。この細胞壁のゆるみは未だ解明されていないが、細胞伸長は常にキシログルカンの分解と可溶化を伴って生じている。植物の成長の研究は、細胞壁キシログルカンの分解を知ることから始まる。
Figure 植物細胞の成長メカニズム
通常の植物細胞では、細胞内液の浸透圧によって水が滲入するのを細胞壁が壁圧によって抑え込み(壁圧≧浸透圧)、細胞の膨張を抑えている。伸長・肥大している細胞では、植物ホルモン(オーキシン)によって細胞壁がゆるみ(浸透圧>壁圧)、吸水力が生じる。この吸水力が植物の成長の原動力となる。
林 隆久 (京都大学木質科学研究所)
References (1) T, Hayashi: Xyloglucan in the primary cell wall. Ann. Rev. Plant Physiol. Mol. Biol. 40, 139-168, 1989
(2) SC, Fry: Polysaccharide-modifying enzymes in the plant cell wall. Ann. Rev. Plant Physiol. Mol. Biol. 46, 479-520, 1995
(3) DJ, Cosgrove: Enzymes and other agents that enhance cell wall extensibility. Ann. Rev. Plant Physiol. Mol. Biol. 50, 391-417, 1999
(4) 林 隆久:キシログルカン. 生化学, 69, 1392-1397, 1997
2000年 3月 15日

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