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イネのデンプン変異体の作製

 植物における貯蔵デンプンの生合成機構は、Leloirら(1961)のデンプン合成酵素の発見以来、植物生理・生化学の分野で急速に解明が進められてきたが、その遺伝的調節機構に関してはまだ不明な部分が多い。トウモロコシではこの分野の研究が比較的進んでいるが、それはデンプン生合成に関与する様々な突然変異の発見に負うところが大きい。トウモロコシでは、デンプン工業やスイートコーン産業との関係から子実中の炭水化物の代謝に関する遺伝資源の探索が積極的に進められ、これまでにsugary shrunken、brittle、waxy、dull、amylose-extenderなど多様な変異体が発見され、これらはトウモロコシの成分育種に大きく貢献するとともに、デンプン生合成の遺伝的調節機構の解明に多くの情報を提供してきた。詳細は、優れた総説(1、2、 3)を参照されたい。
 
 イネでは、胚乳成分に関する突然変異として古くからモチ突然変異(wx)が知られ利用されてきたが、近年有効な突然変異誘起法の開発や選抜法の改良により、トウモロコシ 匹敵する様々な変異体の存在が確認された。これらの変異体はコメ品質改良の育種素材として利用されるとともに、これらの変異体を用いてイネ胚乳デンプンの生合成・集積の遺伝的調節機構の解明が進められている。
 
在来イネ品種や野生稲中にも胚乳デンプンに関し多様な変異の存在が報告されているが、遺伝的背景の異なる品種間では遺伝子の行動を比較することが困難な場合があり、遺伝的背景の均一な同質遺伝子系統(Isogenic line)を用いることがこの種の研究を進めるうえで望ましい。突然変異誘発法は変異原物質を用いて同一品種を処理することで比較的容易に同質遺伝子系統を作製することができることから、X線やγ線等の放射線、あるいはエチルメタンスルホン酸(EMS)等の化学変異原物質を用いた物理・化学的処理、また最近では細胞培養やトランスポゾンなど生物学的処理によって胚乳成分に関する突然変異の誘発が行われている。筆者らはイネの開花受精直後の1細胞期受精胚にメチルニトロソウレア(N-metyl-N-nitorosourea:MNU)を用いて処理する受精卵処理法によって、アミロースを欠くモチ突然変異体(waxywx)に加え、胚乳デンプン中のアミロース含量を変更する変異体、糖含量や可溶性多糖(WSP)含量を変更する変異体など、胚乳貯蔵デンプンに関与する様々な変異体を得ている。本法は、1細胞期処理のためM1植物がキメラとならず、変異体の発見が容易なので、このような胚乳成分に関する変異体の作出には特に有利である。
 
 胚乳デンプンの生合成経路に関しては一応のモデルが提唱されている。トウモロコシやエンドウ、あるいはクラミドモナスの変異体を用いた研究から、対応する酵素と遺伝子、及びそのデンプン合成上の機能について多くの情報が得られている。デンプンの生合成は胚乳細胞中のアミロプラスト内で行われるが、合成は(1)基質であるADPグルコースの合成、(2)初発反応、(3)α-1,4直鎖の伸長、(4)α-1,6分枝の形成、および、(5)形成されたアミロペクチン前駆体のα-1,6鎖のトリミングと結晶構造の形成、の大別して5つのステップが考えられる。それぞれのステップに異なる酵素が関与し、かつ、それぞれの酵素に複数のアイソザイムが存在することが報告されている。即ち、(1)デンプン合成の主要な基質と考えられているADP-Glucoseの合成にはADPグルコースピロホスホレラーゼ(ADP-Glucose pyrophosphorylase:AGPase)、α-1,4直鎖の合成に関わるデンプン粒結合型デンプン合成酵素(Granule-bound starch synthase:GBSS)と2種の可溶性デンプン合成酵素(Soluble starch synthase:SSS)、α-1,6分枝及びα-1,4グルカンリセプターとしての非還元末端の形成に関わる枝作り酵素(Branching enzyme:BE)、或いはBEとSSSによって形成された多数のα-1,6分枝を持つプレアミロペクチンとも呼ぶべき分子を枝切りしトリミングすることによって完成された結晶構造を持つアミロペクチン分子に導くと考えられる枝切り酵素(Debranching enzyme;DBE)など、植物のデンプン合成には多様な酵素の関与が明かにされている。これらの酵素に関わる突然変異体はその酵素の機能とデンプン生合成に果たす役割、或いは形成されたデンプンのデンプン化学的特性を明かにする上で極めて有効である。イネでも、上述のようにGBSSをコードする遺伝子の変異体waxyや、GBSSの発現制御に関わると考えられる低アミロース変異体dull、3種存在するBEの内、胚乳特異的BEであるBE IIbをコードする遺伝子の変異体amylose-extender、枝切り酵素の1種isoamylaseに関する変異体sugary 1、あるいは、BE Iと共にGBSSやBE IIb、さらにDBEやAGPaseなどデンプン生合成に関わる複数の酵素類の発現に影響を与えるfloury 2変異体など、さらに、shrunken 1及びshrunken 2の両変異体はいずれもAGPaseの活性を著しく減少させることから、この両変異体の遺伝子はAGPaseあるいはADPグルコースの合成に関わりがあるものと考えられ、現在、解析を進めている。これまで、イネで得られた胚乳デンプンに関する変異体とデンプン生合成系路との予想される関係を図1に示した。しかし、アミロプラスト内でのデンプンの生合成・集積経路に加え、さらに関係する酵素をコードする遺伝子の組織特異的な発現制御やER上で合成された酵素や細胞質で合成された基質のアミロプラストへの輸送に関わる遺伝子などの存在も示唆されており、これらを考慮すると、上記以外にも様々な突然変異体が存在するものと予想される。
1:invertase, 2:hexokinase, 3:hexose-6-phosphatase, 4:P-hexoseisomerase, 5:cytosolic P-glucomutase, 6:sucrose synthase7:UDPGlcPPase, 8:plastidial P-glucomutase, 9:ADPGlc PPase
イネの胚乳澱粉生合成系の仮想図と変異体遺伝子の作用部位
佐藤 光(九州大学大学院・農学研究院)
References (1) A, Buleon et al., Internatl. J. Biol. Macromol. 23, 85-112, 1998
(2) TL, Wang et al., J. Exp. Bot. 49, 481-502, 1998
(3) James MG, Robertson DS, Myers AM Plant Cell 7, 417-429, 1995
(4) MN, Sivak J, Preiss "Starch. Basic Science to Biotechnology", Adv. in Food and Nutrition Res. vol. 41, 1998
2000年 9月 15日

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