Conference Reports
Sep. 15, 2015

第10回ヒアルロン酸国際カンファレンス(HA 2015)の報告(2015 Vol.18, A2)

柿崎 育子

HAS

柿崎 育子
弘前大学大学院医学研究科

2015年6月7日から11日、イタリア、フィレンツェの中心部から離れた静かな居住地のHilton Florence Metropole ホテルで、第10回ヒアルロン酸国際カンファレンス(HA 2015)が開催された。International Society for Hyaluronan Science (ISHAS)が主催するこのカンファレンスは、数年に一度不定期に開催されており、今回は、2013年に米国オクラホマシティで開催されたカンファレンスから2年後の開催であった。今回は、Alberto Passi博士、Davide Vigetti博士(University of Insubria, Italy)、 Paul Weigel博士、Paul DeAngelis博士(University of Oklahoma Health Sciences center, USA)、 Larry Sherman博士、Steven Back博士(Oregon Health & Science University, USA)によって企画された。参加者は280名(うち53% がヨーロッパ, 25% が米国, 9%が 日本, 13%はその他の地域より)であり、うち2/3が大学や公的研究機関、1/3が企業等からの参加であった。6月8日からの4日間で10のセッションがあり、総演題数は、招待講演(各セッション3題、総計30題)、一般講演(総計30)、ポスターのみの演題を含み198であった。セッションは以下の通りであった。

このたびのカンファレンスでは、木全弘治博士(愛知医科大学, 日本)のヒアルロン酸研究における国際的な貢献がお祝いされた。8日の開会後、ISHASから木全先生への記念品がWeigel博士より授与され、続いて木全先生の長年の貢献をVincent C. Hascall博士(Cleveland Clinic, USA)より紹介された。現在も先駆的な研究を精力的に継続されていることは、セッション3における幹細胞の移植に関する木全先生の最新の研究成果のご発表からも伝わってきた。Serum-derived Hyaluronan-Associated Proteins (SHAP)の発見を含むHA研究において重要な発見をされてきた真面目な木全先生のエピソードとともに紹介された木全先生および交流のあった先生方(現在、HAおよびプロテオグリカンの研究領域で著名な先生方)の若き日の貴重な写真も紹介され、会は和やかな雰囲気で始まった。

これに続き、Paul W. Noble 博士(Cedars-Sinai Medical Center, USA)が座長を務められたセッション1では、最近のHA研究とその将来が議論された。Noble博士、Hascall博士、Jochem Zimmer博士(University of Virginia, USA)の招待講演では、それぞれ、肺胞幹細胞の再生の制御におけるTLR4を介するヒアルロン酸の役割、高血糖性の分裂細胞におけるヘパリンによる細胞内ヒアルロン酸合成阻害のメカニズム、糖転移酵素による多糖の生合成のメカニズムの解明に向けてセルロースの生合成から学ぶこと、について紹介され、ヒアルロン酸の新しい機能や、今なお完全には明らかにされていないヒアルロン酸合成のメカニズムとその制御についての謎を解くための新しい切り口が示唆された。セッション1に続く9つの素晴らしいセッションの詳細は、下記URLから閲覧することができる。
https://ishas.org/previous-conferences/2015-ha-conference

様々な組織におけるがんを含む様々な疾患(膵島炎、気道疾患、アテローム性動脈硬化症等)とHAとの関係が、HA代謝関連酵素やhyaladherinsの発現の調節によって調べられ、関与する種々の因子も新たにわかってきた。HAとhyaladherinsとの複合体の形成、その構造と機能に関する研究や、がんの治療を目指したHA-CD44相互作用を標的とするナノメディシンに関する研究も紹介された。HASsをとりまくシグナル伝達と疾患との関連についての議論に加え、HASsの発現レベルやHASsの翻訳後修飾による影響、HA生合成の基質である糖ヌクレオチドやそれらの代謝関連酵素の動き、さらにはそれらとがんの悪性度との関連についての興味深い知見が議論された。ユニークな研究材料であるハダカデバネズミ由来の細胞やHAS遺伝子を用いた実験による高分子量HAの産生と長寿およびがんへの抵抗性との関連の話題等も提供され、討論された。また、ヒアルロン酸分解に関わる新しいヒアルロン酸結合タンパク質KIAA1199については、今回、HYBID(HYaluronan Binding protein Involved in hyaluronan Depolymerization)という呼び名で提案され、HYBIDによるHA分解の調節機構と皮膚の健康との関連性、さらには炎症性大腸炎(クローン病)との関連が示唆された。また、HASs ノックアウトの系により、HAと炎症や創傷治癒 との関係、HAとてんかん発作との関係などの話題が紹介された。共焦点顕微鏡の動画によって、HASsの活性およびHA産生量と、細胞外小胞の分泌との正の相関性も明瞭に示され、その生理学的意味が議論された。このように、今回も新しい研究成果が次々と発表された。

講演はもちろんのこと、会期中2回(1回2時間)行われたポスターセッションも盛況であった。招待講演を含む全ての演題のポスターが掲示されていたが、ポスター会場のスペースには一つのポスターについて複数人で討論するのに充分な余裕があった。ヒアルロン酸に関連する広い領域の研究が存在するが、研究に従事する各人にとって、一つ一つの演題からそれぞれ活性化や刺激を受け、実験手法から自身のデータの考察まで、個々のデータとのつながりを考えるきかっけとなったであろう。
 毎日、午後7時近くまで活発な議論が行われたカンファレンスであったが、フィレンツェの日は長く、その後の時間も夕食をとりながら、その日の講演について語り合うことができた。
 6月9日のエクスカーションでは、フィレンツェ中心部へバスで移動し、ウフィツィ美術館を訪れた。小人数のグループにそれぞれガイドさんがつき、美術館への途中にも、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂をはじめ、シニョリーア広場でヴェッキオ宮殿前やランツィの回廊にある数々の彫刻も鑑賞した。

今回のRooster Award(HAの治療への応用に重要な貢献をした研究者に贈られる賞)はヒアルロニダーゼの臨床応用を目指した研究において功績のあったGregory I. Frost博士(Intrexon Corp. USA)が選ばれた。博士は、セッション8において、ヒアルロニダーゼ静注の臨床試験の成果を報告した。今後の研究の益々の発展が期待される。

バンケットは、6月10日の晩、カンファレンス会場からバスで1時間弱の小高い丘にあるレストランVilla Vivianiで行われた。門を入ると伝統的な衣装の音楽隊に迎えられ、恥ずかしい気がしたが、開催者の参加者への温かいおもてなしのお心遣いを感じた。オードブルとお酒を庭園で楽しんだが、参加者の賑やかな話し声とたそがれのフィレンツェの美しい街並みが思い出に残っている。時代を感じさせる赴きのある建物と調度品で目も楽しませていただきながら、トスカーナならではの美味しいお料理と伝統的な舞踊を楽しむことができた。参加者達の語らいは、デザートのために庭園に再び出てからも夜遅くまで尽きないようであった。

このカンファレンスでは、HAというただ1つの共通の分子について、構造、代謝、機能、相互作用する分子についての基礎的な研究から、生命現象や様々な疾患におけるHAの役割の解明、HAの物性や薬理作用に基づく治療を目指した応用研究まで、幅広い専門領域の研究者が一堂に会する世界で唯一の会である。会期中ずっと、HAという皆が大好きな1つの分子について、シニア研究者も学生も関係なく、時には真剣にときにはジョークを交えて笑いながら議論できる。私は2003年のクリーブランドでのカンファレンスから5回参加させていただいており、毎回ここで勉強させていただくのを楽しみにしている。今回は、HAや糖鎖科学に限らず生物物理学や酵素化学などの専門家からの新鮮で示唆に富む研究発表があり、非常に勉強になった。異分野からの良い影響も受けながら、HAそのものとHAをとりまく多彩なイベントの謎を解明する研究の進展が加速されることが期待される。

今回も15ほどの団体(財団や企業様)より開催に際してご支援を受けた。このカンファレンスが継続して開かれることができるのも、HA研究者の日々の努力とISHASの目標や使命に賛同する支援者のお蔭である。
 振り返るとあっという間のカンファレンスがPassi博士の挨拶で成功裡に幕を閉じた。 次回は2017年の6月11から15日、米国オハイオ州クリーブランドで、Carol de la Motte博士(Cleveland Clinic, USA)の主催で開催される予定とのことである。閉会の折には、一度もお話する機会がなかった研究者からも「2年後に会いましょう!」と笑顔で手を差し出された。今回も参加できたことに感謝し、次回もまたこの好きな分子について勉強に来られるように思った。

fig1

木全先生(右)の受賞(左はWeigel先生)

fig1

ポスター討論の様子

fig1

バンケット会場(Villa Viviani)の入り口で

fig1

Villa Vivianiの庭園から望むフィレンツェ
(写真中央のドームはサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)


top