Conference Reports
Nov. 27, 2017

第11回ヒアルロン酸国際カンファレンス(HA 2017)レポート(2017 Vol.20, A1)

板野 直樹

HAS

板野 直樹
京都産業大学総合生命科学部

第11回ヒアルロン酸国際カンファレンス(HA 2017)が、2017年6月11日から5日間の会期で、米国オハイオ州クリーブランドにあるInterContinental Hotel and Conference Centerで開催された。今大会は、主催者のCarol de la MotteとVincent Hascall両博士(Cleveland clinic, USA)が中心となり、前大会主催者のAlberto PassiとDavide Vigetti(University of Insubria, Italy)、そしてLarry Sherman(Oregon Health & Science University, USA)が組織委員として参加して、企画・運営された。この国際会議は、International Society for Hyaluronan Sciences(ISHAS)の主催で2〜3年間隔で開催されている。今大会は、世界的なテロが蔓延するなかでの開催となり、欧州からの参加者減少も危惧されたが、イタリア・フィレンツェで開催された前大会同様、世界各国から300人超のヒアルロン酸研究者が一同に会して、最新の研究発表に対して活発な議論が繰り広げられた。
大会期間中10のセッションで延べ60の口演と166のポスター発表があり、ヒアルロン酸に関する基礎から応用に至る広範な内容が網羅されたプログラム構成となっていた。各セッションにおける発表内容の詳細は以下の抄録を参照されたい。

  • Session 1: Application of HA in medical and surgical devices
  • Session 2 : Development for new medical application
  • Session 3 : Application of hyaluronidase in medicine
  • Session 4 : HA structure and metabolism
  • Session 5 : HA in development and signaling
  • Session 6 : HA in immunity and inflammation
  • Session 7 : HA in neurobiology and neurological disease
  • Session 8 : HA in chronic disease process
  • Session 9 : HA in cancer biology
  • Session10: HA in stem cells, growth and differentiation

https://www.ishas.org/previous-conferences/2017-ha-conference

今回も数多くの重要な報告があったが、基礎研究では、新規分解酵素の同定や代謝との関連で新しい発見があった。また、ヒアルロン酸生合成の複雑な制御機構が明らかとなり、胚発生におけるヒアルロン酸のダイナミックな役割も解明が進んでいた。本文では、これらの内容を中心に掻い摘んで紹介したい。

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大会初日のオープニングセッションに引き続いて、2015年に他界されたEndre Alexander Balazs先生を追悼してLegacy sessionが行われた。Balazs先生は、ISHASの創設者であり、初代会長として世界のヒアルロン酸研究を牽引してきた。関節疾患治療用途としてヒアルロン酸を適用することを提案し、ヒアルロン酸の臨床応用に道を拓いた功績は極めて大きく、ヒアルロン酸研究の長い歴史の中でも突出した業績であろう。Hascall先生をはじめ、ゆかりの方々よりBalazs先生を偲ぶ内容の話題が続き、先生が活躍した時代背景やヒアルロン酸臨床研究の黎明期に思いを巡らせながら聞き入っていた。

つづいて、Markku TammiとRaija Tammi両博士(University of Eastern Finland)の長年の功績が讃えられた。両氏はヒアルロン酸代謝調節の研究で数多くの業績を残し、欧州におけるヒアルロン酸研究の拠点を築いてきた。共に研究を進めてきたKirsi Rilla博士(University of Eastern Finland)より、穏やかで誰からも信頼されるご夫婦のお人柄や研究に対する姿勢などが、数々のエピソードと共に紹介された。

大会2日目に行われたApplication of hyaluronidase in medicineのセッションでは、Yu YamaguchiとHayato Yamamotoが同定した新規ヒアルロン酸分解酵素の話題が注目を集めた。彼らは、ゼブラフィッシュの心内膜クッションの形成に働くTMEM2タンパク質のマウスホモログを同定し、この分子がヒアルロン酸分解活性を示す新規膜タンパク質であることを突き止めた。この酵素は、同じくヒアルロン酸分解に関与するCEMIP/KIAA199と一次構造上類似性を示すが、発現タンパク質がヒアルロン酸分解活性をもつ点でCEMIP/KIAA199とは異なっている。ヒアルロン酸分解の研究で日本の研究者の活躍が目覚ましく、今後の展開が大いに期待される。

大会3日目に行われたHA structure and metabolismのセッションでは、Alberto Passiから、ヒアルロン酸合成酵素2のナチュラルアンチセンスRNA(Has2-as)の話題提供があり、Has2-asがクロマチン構造に影響を及ぼしてHas2遺伝子の発現を正に制御するというエピジェネティックへの関与が示唆された。また、タンパク質のO-GlcNAc修飾がHas2-asのプロモーター活性の制御に重要な役割を果たすことやHas2タンパク質の安定化に働くことが示され、複雑なヒアルロン酸生合成制御についての詳細な報告があった。

また、Warren Knudson(East Carolina University)は、アデノウイルスベクターを用いた遺伝子導入によってHas2を強制発現した軟骨細胞を樹立し、軟骨保護作用について解析した。そして、MMP13の発現抑制やIL-1β等の炎症性メディエーターに対する反応性の低下を明らかにした。予備的な結果報告ではあったが、彼らはHas2強制発現軟骨細胞では解糖系が抑制され、その結果として軟骨保護作用が発現するという新たな知見を示した。細胞内の代謝反応に目を向けた研究報告は、自身の研究との関連で大変興味深かった。

HA in development and signalingのセッションでは、Natasza Kurpios (Cornell University)らによって、ヒアルロン酸マトリックスが、腸の左右非対称性の形成に重要な役割を果たすことが示された。胚発生初期に真っ直ぐな管として発生する腸管原基は、発生が進むにつれPitx2転写因子が作用して左右非対称の形態となる。このとき、背側腸間膜(Dorsal mesentery; DM)の右半分にヒアルロン酸マトリックスが形成されると、右側組織が膨潤し、腸管が屈曲して左右非対称性が生じる。組織染色では、ヒアルロン酸マトリックスが右側DMのみに綺麗に染め分けられており、この染色像を示しながらの結果報告は、明瞭かつ大変説得力があった。

大会4日目に行われたHA in neurobiology and neurological diseaseでは、神経損傷部の修復と再生におけるヒアルロン酸の作用について話題提供があった。中枢神経系の傷害では、ヒアルロン酸の産生増加とヒアルロニダーゼによる分解の亢進が特徴的に観察できる。Larry Shermanらは、ヒアルロニダーゼの作用によって生じる特定分子量のヒアルロン酸分解物が、CD44を介して神経幹細胞の増殖と分化の調節に働くことを明らかにした。またこれと関連して、Taasin Srivastava(Oregon Health and Science University)らは、200kDa程度の分子量を持つヒアルロン酸断片が、Toll-like receptor 4を介してオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)の成熟を抑制すること、逆に、ヒアルロン酸分解の抑制がOPCの成熟を促進することを示した。ヒアルロン酸は分子サイズにより、作用が大きく異なることが知られているが、これらの研究は、特定サイズのヒアルロン酸が細胞の分化・成熟の調節に働くことを明確に示した例として注目される。

肥満や糖尿病では、褐色脂肪組織においてヒアルロン酸マトリックスが顕著に増加する。HA in chronic disease processesのセッションでMaria Grandoch(Heinrich-Heine-Universität Düsseldorf)らは、糖尿病モデルマウスへのヒアルロン酸合成阻害剤4-メチルウンベリフェロン(4-MU)の投与が、体重と脂肪細胞サイズの十分な減少や炎症反応の低下をもたらすことを報告した。この中で、4-MUによるヒアルロン酸合成の阻害が、解糖系酵素やミトコンドリア電子伝達系複合体㈵の活性を上昇させ、褐色脂肪組織の呼吸作用を高めることを示した。エネルギー産生や糖代謝とヒアルロン酸合成との関連が今後更に明らかになることが期待される内容であった。

毎日、午前8時より午後6時過ぎまで、ランチを挟んで連日連夜口演やポスターセッションが続き、活発な議論が行われた。大会4日目の午後のポスターセッション後には、ディナークルーズのためエリー湖に向かった。湖畔の桟橋を発したクルーズ船Goodtime㈽は、エリー湖をゆっくりと航行し、カヤホガ川にまたがる歴史的なリフト橋の下を通過して進んでいった。鉄鋼業で栄えた街の面影を見せながらのクルーズに、皆それぞれに橋を見たり撮影したりするのを楽しみながら一時を過ごした。日暮れには高層ビルの並ぶダウンタウンの夜景をバックに、心地よい風に吹かれながらディナーを堪能した。

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大会最終日に行われたHA in cancer biologyのセッションでは、Kirsi Rillaから、ヒアルロン酸で覆われた分泌小胞についての報告があった。この細胞外分泌小胞が、間葉系幹細胞や乳癌細胞など、ヒアルロン酸産生能の高い多様な細胞から分泌され、ヒアルロン酸受容体CD44を介して近接細胞に取り込まれていることが示された。この発見は、ヒアルロン酸-CD44相互作用が、細胞-細胞外マトリックス相互作用に関与するだけでなく、分泌小胞を介した細胞間コミュニケーションに重要な役割を果たしているとの新しい知見であった。また、Paraskevi Heldin(Uppsala University)の研究グループから、Has2-asが、TGF-β誘導性の上皮間葉転換の制御に必須で、乳がん細胞のがん幹細胞性の発現に働くとの報告があった。

最後のセッション(HA in stem cells, growth and differentiation)では、座長とセッションのオーバービューを担当した。幹細胞の制御や発生・分化過程でのヒアルロン酸のダイナミックな作用について各演者から報告があった。なかでも、前述のNatasza Kurpiosと同研究室のAravind Sivalumarは、高分子ヒアルロン酸とヒアルロン酸結合分子のtumor necrosis factor alpha-inducible protein 6(Tsg6)から成るヒアルロン酸マトリクスが、腸管形成において左右非対称の血管走行の調節に深く関わっていることを示した。ヒアルロン酸マトリクスが右側DMに形成されると、血管内皮細胞は右側から左側へと移動して、右側から排除される。これにより、DMにおける血管走行に左右非対称が生じる。生体におけるヒアルロン酸マトリックスの機能が、極めて明快に証明された例ではないだろうか。彼はこの研究が高く評価され奨励賞を受賞した。

今大会では、ハダカデバネズミに関する研究発表が複数のセッションであったので取り上げてみたい。ハダカデバネズミはハツカネズミに比べて、10倍近く長寿である。また、がんに罹りにくいという特徴がある。このがんへの罹患率の低さにヒアルロン酸が関係しているという。ハダカデバネズミは、ヒアルロン酸を過剰に産生することが知られており、抗酸化や抗腫瘍効果との関連で特に注目を浴びていた。Katelyn Cousteils(London Health Sciences Centre)らは、ハダカデバネズミの皮膚で産生されるヒアルロン酸と同程度の分子量を持つ高分子ヒアルロン酸誘導体が、UVB照射による皮膚腫瘍の発生を有意に抑制することを明らかにし、高分子ヒアルロン酸による抗腫瘍効果の直接的なエビデンスを示した。また、Zhonghe Keらは、ハダカデバネズミのHas2遺伝子をマウス胚に導入したトランスジェニックマウスを作製して、骨髄におけるヒアルロン酸の高産生が、造血幹細胞の増加を誘導し、幹細胞性の維持に重要であることを明らかにした。この発見は、ヒアルロン酸が幹細胞性を制御して、間接的に長寿に働く可能性を示唆している。

会の最後に、Carol de la Motteから挨拶とスタッフへの労いの言葉があり、スタンディングオベーションとともに盛会のうちに幕を閉じた。これまでの大会を振り返って、今大会は特に若手研究者の活躍が目覚ましかった。また、異分野からの研究者の参加も目立ち、新潮流の兆しが感じられた大会であった。その一方で、日本人研究者の参加は減少しており、日本のヒアルロン酸研究の底上げが急務であることも強く感じた。

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 次回は二年後の2019年に、英国ウェールズ最大の都市であるカーディフで開催されるとのことである。


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