Glycolipid
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ヘパリン結合性成長因子ミッドカインの溶液構造
― ヘパリンとの相互作用について

成長因子のシグナル伝達においては、成長因子が受容体の細胞外ドメインへ結合し、それによって何らかの機構が働いて受容体の多量化が誘起され、受容体の細胞内ドメインのチロシンキナーゼ部位が多量体間で相手のチロシンをリン酸化することにより、シグナルが伝達される。すなわち、成長因子のシグナルが細胞外から細胞内へ伝えられるステップは、受容体の多量化であると考えることができる。ヘパリン (HP) 結合性成長因子の場合、受容体の多量化には、細胞外マトリックス上のヘパラン硫酸が重要な役割を果たす。

ミッドカイン (MK) は、村松らにより発見されたHP結合性成長因子である(レビュー1参照)。その機能は多彩で、神経突起の伸張・神経細胞の生存・分化を促進したり、血管内皮細胞の線溶系の活性を増大させることが知られている。また、ヒトの様々な癌においてMKが高発現していることから、MKの遺伝子治療への応用について、現在研究が進められている。MKの一次構造は、既知の成長因子と相同性は見出されず、続いて発見されたpleiotrophinと共に新たなファミリーを形成している。

MKは、立体構造上2つのドメインに分けられる。筆者らは、NMR法により、MK 1-59残基(以下N-domainと略) とMK 62-104残基(以下C-domainと略) の立体構造を決定した (2)。どちらも逆平行 βシート構造であった(図1)。MKのHP結合活性は、主にC-domainにある。C-domainでは、β-シート上の塩基性残基とループ上の塩基性残基が、同じ表面上にクラスターを形成していた。部位特異的突然変異およびNMRにより、これらの塩基性残基がヘパリン結合部位であることが確認された。N-domain も、C-domain多くの塩基性残基を含むが、C-domainに比べるとHP結合能は低い。HPを特異的に認識するには、分子表面に正電荷が存在するだけではなく、それらが立体構造上で、C-domainのように適切な形状のクラスターを構成することが必要だと考えられる。
図1 N-domain とC-domainの構造 (2)。
黄色はジスルフィド結合。 N末端からC末端へを、白からカラーへのグラデーションで示した。
線溶系活性化作用において、MKは2量体として働くことが知られている。また、MKは、20糖以上の鎖長のHPが存在すると2量体化する (2)。これらのことから、MKが機能を発現するのは2量体としてであり、2量体化にはヘパラン硫酸の助けが必須であると考えられる。HP上でのMK2量体のモデルを検討したところ、C-domain同士がhead-to-head となるように2量体を形成した場合、正電荷クラスターがHPの硫酸基クラスターと非常によく一致した形状と間隔で並び、単量体よりも更に高いHP親和性を持つと予想された(図2)。
図2 C-domain の head-to-head 2量体モデルとヘパリン 20糖の構造 (2)。
2量体の境界を白破線で示す。酸性、塩基性残基を赤と青、グルタミンを緑、ヘパリンの硫酸基中の酸素原子をピンクで表示。正電荷および負電荷のクラスターを、水色とピンクの実線で囲んだ。
MKの受容体は、受容体型タンパク質チロシンホスファターゼ ζ (PTPζ)、シンデカンなどのプロテオグリカンや、低密度リポタンパク質受容体関連タンパク質 (LRP)、であることが明らかにされつつある。シグナル伝達の際には、糖鎖によってMKの多量体形成が誘起されることが最初の鍵となるであろう。MKの受容体活性化機構についてはまだ不明であるが、他の成長因子の例を鑑みると、構造生物学的アプローチは、シグナル伝達機構を、「目に見えるかたち」で理解する上で有効であると期待される。
岩崎わかな(理化学研究所 播磨研究所 三木生物超分子結晶学研究室)
稲垣冬彦(北海道大学大学院薬学研究科 構造生物学)
References (1) Muramatsu T: Midkine and pleiotrophin: two related proteins involved in development, survival, inflammation and tumorigenesis. J. Biochem. 132, 359-371, 2002
(2) Iwasaki W, Nagata K, Hatanaka H, Inui T, Kimura T, Muramatsu T, Yoshida K., Tasumi M, Inagaki F: Solution structure of midkine, a new heparin-binding growth factor. EMBO J. 16, 6936-6946, 1997
Links
PG-A01 成長因子とヘパラン硫酸(石原雅之)
GG-A02 シンデカン4の機能(村松喬、小嶋哲人)
Sep. 30, 2004

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