糖の起原・化学進化に関する論述(仮説)は、文献上筆者自身による論文(2)が唯一であるが、骨子を簡単に述べると以下のようになる。糖の非生物的合成(図2.ホルモース反応・アルドール縮合・Lobry de Bruyn転移)が可能であることから、生命誕生前に糖の化学進化があったと想定される。化学進化の時代を経て蓄積したフルクトース・グルコース・マンノースが生命起原時に利用可能な題材となった(生命起原三糖=First triplet)。生物進化の時代に入ると、原始生命は生命起原三糖を最大限活用し、様々な代謝系を発展させ、その結果数多くの後生糖を生み出した(生物進化によるブリコラージュ) 。この際、生物は最小限の労力で最大限の成果を得る戦略を選び(4-ケト中間体やアルドール縮合の頻用など)、かつすべて可能性のある糖(アルドヘキソース)を作り出すのではなく、ピラノース型が椅子型構造をとったとき十分安定な糖のみを選択して合成した。各構造の安定性はピラノース環構造を不安定化する1, 3-ジアキシャル相互作用の貢献によって判断できる(図3)。ガラクトースは高等動物において広範な認識現象に関わる中心的な糖であるが、図2に示した生命起原三糖の生成機構では生じ得ない(Lobry de Bruyn転移でガラクトースが生成するためには3-ケトースの存在が必要)。このため、ガラクトースは生物進化の後期になって登場した「後生糖」ではないかと類推される(ガラクトース・“late-comer”説)。因みに、フルクトース・グルコース・マンノースの相互変換は直鎖型の6-リン酸化体として起こるが、ガラクトースの生合成はNAD+を補酵素としてUDP-Glcの4-ケト化→4-エピメル化を経て行われる。前者は基本的に酵素無しにも起こる化学反応(Lobry de Bruyn転移に他ならない)だが、後者は補酵素無しには起こりえない複雑な反応で、明らかに前者とは異質の反応である。
図2. 糖の化学進化を示すスキーム
フォルモース反応以下、アルドール縮合、Lobry de Bruyn転移が進行することを想定。(1) C1化合物であるホルムアルデヒドに始まりC2、C3、C4・・・といった炭水化物を生成する自己重合反応が塩基性触媒下で進行する。 このうちC5やC6化合物はC2、C3化合物のアルドール縮合の結果と考えられる。 (2) 解糖系に登場するジヒドロキシアセトンとグリセルアルデヒト(ともにC3化合物)が塩基触媒存在下でアルドール縮合を起こした場合、ソルボースとフルクトースが主生成物となることをフィッシャーらは示している。これらトリオース間のアルドール縮合では反応機能上アルドース(グルコースなど)は生成しない。