Glycolipid
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多核細胞誘導におけるサイコシンの役割

 グロボイド細胞ロイコジストロフィー(Globoid Cell Leukodystrophy; GLD)症は ガラクトシルセラミドをガラクトースとセラミドに分解するガラクトシルセラミ ダーゼの活性低下を伴う先天性代謝異常症である。主に筋緊張、痙攣などの神経 症状を呈するが、これは脳内のミエリンの消失、いわゆる脱ミエリン症に起因する。本症ではガラクトシルセラミダーゼの機能が著しく低下するにも関わらず、ガラクトシルセラミドの蓄積は見られず、サイコシンが蓄積する。正確なサイコ シンの生成過程は未だ報告がないが、ガラクトシルセラミドから脂肪酸が外れてできるのか、もしくはスフィンゴシンにガラクトースが転移されて生成されると 考えられている(図1)。ガラクトシルセラミドの蓄積が見られないのは、細胞毒性のあるサイコシンにより、ミエリンが障害を受け、死滅することにあると考 えられている。サイコシンは健常な人ではほとんど存在しないが、GLD症患者で は100倍以上になるという報告がある。また、本症の最大の特徴は、脳白質内にグロボイド細胞と呼ばれる巨大多核細胞が観察されることであり、病名の由来にもなっている。グロボイド細胞に関しては謎が多く、マクロファージ系細胞由来とされているが、決定的な証拠はない。また、どのような機構で多核化しているのか、ほとんど知られていなかった。筆者らの研究によりサイコシンは細胞質分裂を阻害し、多核細胞を誘導することが明らかになり、サイコシンの蓄積がグロボイド細胞誘導に大きく関わっていることが示された。
Fig. 1 GLD症におけるガラクトシルセラミドの代謝経路およびサイコシンの生成経路
ガラクトシルセラミダーゼはガラクトシルセラミドのみならずサイコシンも基質とし加水分解する。GLD症においては本酵素活性が減弱しているため、わずかでも産生されたサイコシンは分解できずに蓄積する。
ヒト単球系細胞株U937にサイコシンを処理すると、細胞周期は進行し、核分裂は正常に行われるものの細胞質分裂をすることなく多核細胞を形成する(図2)。U937細胞は長時間サイコシンに暴露され続けると、DNA量は最大で64Nまで増加し、これは核の数にすると16個〜32個に相当する。ビデオ顕微鏡では、サイコシンを処理された細胞は分裂溝を形成することが観察されたことから、分裂溝形成以降の過程が阻害されていることが分かった。筆者らはサイコシンによる細胞質分裂阻害機構を解明するため、まず細胞質分裂の必須タンパク質であるアクチンに焦点を当てた。細胞質分裂時のアクチンの局在を観察したところ、アクチンが細胞膜に接した巨大な凝集塊を形成していることを発見した。電子顕微鏡よると、この凝集塊は無数の空胞様の構造物とその間隙にある無数の繊維状の構造物で形成されていた。空胞様の構造物はその形態からエンドソームであると考えられ、繊維状の構造物はアクチンであると推測される。この巨大な凝集塊は細胞質分裂以前より観察されたことから、サイコシンは膜輸送の調節、またはアクチン繊維再構成の調節に影響を与え、結果として細胞質分裂が阻害されたと考えられる。

細胞質分裂は非常にダイナミックな過程であるが、ほんの数分で進んでしまうため、その機構解明は難しく、未知な点が多く残されている。しかし、現在までに 細胞質分裂に寄与する様々な分子の報告が蓄積され、解明に拍車がかかっている。サイコシンの細胞質分裂阻害機構を研究することはGLD治療薬の開発のみならず、細胞質分裂におけるスフィンゴ脂質の役割の解明に大きな貢献になると思われる。
Fig. 2
ガラクト サイコシン処理した細胞は核分裂は正常に行われ、分裂溝も形成されるが、分裂できずに、多核細胞となる。
金沢 崇之
(京都大学大学院生命科学研究科システム機能学分野)
References (1) Suzuki K, Suzuki K, McGraw-Hill, New York. 1699-1720, 1989
(2) Kanazawa T, Nakamura S, Momoi M, Yamaji T, Takematsu H, Yano H, Sabe H, Yamamoto A, Kawasaki T, Kozutsumi Y,. J. Cell Biol. 149, 943-949, 2000
2002年 10月 1日

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