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分子内アグリコン転移反応によるβ‐マンノシル化

  より効率の良い、汎用性の高い糖鎖合成法の確立を目指してO-グリコシル化反応の開発が活発に研究されてきた。中でも、糖フルオリド、チオグリコシド、トリクロロアセトイミデートを糖供与体として用いる反応は多種多様の複合糖質や天然有機化合物の合成に応用されている。これらは古典的なグリコシル化反応において用いられる糖供与体と比べて遥かに安定であるにもかかわらず、特異的な条件下で強力に活性化されるという特徴を持っており、溶媒、試薬、反応温度などを適切に選ぶことにより、広い範囲の糖鎖結合様式に対応できる。これらの反応を使い分けることにより、現在ではかなり複雑な糖鎖も合成することが可能となっている。

 しかし、O-グリコシル化反応の立体選択性は一般的な意味では解決に至っているとは言えない。すなわちある種の糖鎖構造は依然として選択的な構築が困難であり、これが糖鎖固相合成の開発研究においても大きな障壁となっている。種々の糖鎖結合様式の中で、選択的な構築が最も困難なものにマンノースのβ‐グリコシドがある。この構造の難しさは、1)1,2‐シスの相対立体配置を持っていること、2)立体電子的な要因によりα‐グリコシドの形成が優先されやすいという2点に要約される。一方、すべてのアスパラギン結合型糖鎖は共通構造としてコア5糖を含んでいるがその中でβ‐マンノグリコシドはN-アセチルグルコサミン (GlcNAc) のC-4 位に結合した形で存在している。従って、糖タンパク質関連分子の合成研究を行なう上で、 β‐マンノシル化は避けて通れない重要な問題となる。

 この問題点を解決するために様々な試みが行われてきたが、その多くは次の二つに分類できる。1)直接グリコシル化によるβ‐マンノシドの合成:特殊な活性化剤と脱離基の組み合わせが必要とされる;2)β‐グルコ型グリコシドの立体化学的反転:C-2 位の酸化‐還元又はSN2型反応を用いる。また、これ以外にも1位のO-アルキル化や酵素を用いるアプローチが試みられているが、何れも一長一短があり、複雑な天然型糖鎖への応用という観点からは問題点が残されている。

 一方、Hindsgaul らによって提唱されたIntramolecular Aglycon Delivery(IAD: 分子内アグリコン転移反応)という手法は、目的とするβ‐グリコシドのみを選択的に与え異性体の混入の可能性は原理的に除外されるという点で優れている。彼らはマンノースチオグリコシドを供与体としてそのC-2 位水酸基とアグリコン(糖受容体)をイソプロピリデン基で繋ぐことにより橋架け中間体を形成させ、このような反応が実際に可能であることを実証した。その後 Strokらはジメチルシリル基を用いた同様の反応を報告している。 我々は、IAD の効率と応用性を高めるために、マンノース供与体の C-2 位置換基としてp-メトキシベンジル基を採用するアプローチを検討した。その結果、酸化剤である DDQの存在下で各種アグリコンとの反応は円滑に進み、橋架け中間体である混合アセタールを収率良く与えることがわかった。引き続きマンノースのアノマー位を活性化させることにより目的のβ‐マンノグリコシドが選択的に得られた(1)。この反応により、現在ではアスパラギン結合型糖鎖に含まれる Manβ1→4GlcNAc に対応する構造を80%前後の収率で合成することが可能となった(2)。この反応を用いる天然型糖鎖の合成研究が進行中である(3)。
伊藤 幸成 (理化学研究所)
References (1) A, Dan, Y, Ito, T, Ogawa J. Org. Chem. 60, 4680-4681, 1995
(2) Y, Ito, Y,Ohnishi, T, Ogawa, Y, Nakahara Synlett, 1102-1104, 1998
(3) J, Seifert, M, Lergenmller, Y, Ito Angew. Chem. in press
1999年 12月 15日

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