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スフィンゴ糖脂質およびその誘導体の酵素合成

スフィンゴ糖脂質は,親水基として糖鎖,疎水基としてセラミドを持つ両親媒性の機能性複合糖質である。スフィンゴ糖脂質は、細胞膜外層においてコレステロールやGPI型糖タンパク質,Srcなどのリン酸化酵素とミクロドメインを形成し,細胞内・細胞間の情報伝達,接着,増殖,分化等を制御していると考えられている。シアル酸を分子内に持つスフィンゴ糖脂質:ガングリオシドは,脳・神経系に比較的豊富に含まれていてシナプス形成や神経突起の伸展に重要な役割を果たしていることが示唆されている。大部分のスフィンゴ糖脂質は,セラミドにグルコースが転移される反応によって合成が開始される。この転移反応を触媒するグルコシルセラミド合成酵素(UDP-グルコース:セラミド:グルコシルトランスフェラーゼ)のノックアウトマウスは胎生致死であるため,スフィンゴ糖脂質は個体の生存あるいは初期発生に必須と考えられる。この稿では,スフィンゴ糖脂質に作用する2つのユニークな酵素を用いたスフィンゴ糖脂質及びその誘導体の酵素合成について紹介する(図1)。

図1
エンドグリコセラミダーゼ (EGCase, EC3.2.1.123) はスフィンゴ糖脂質の糖鎖-セラミド間のグリコシド結合を加水分解する酵素である(1)。この酵素は,放線菌Rhodococcus sp.の培養上清に最初に見いだされたが,その後,ヒル,ミミズ,ハマグリ,ユウレイクラゲ等にも存在することが示された。放線菌およびユウレイクラゲ由来のEGCaseはクローニングされ、点変異導入法とホモロジーモデリングによってセルラーゼファミリーA(endo-β1,4-glucanase)とほぼ同じ触媒機構を有していることが証明された(2,3)。本酵素を用いると様々なスフィンゴ糖脂質から糖鎖とセラミドを遊離することができるが,ここでは先ずユウレイクラゲ由来のEGCase (Y-EGCase)の糖転移反応及び縮合反応を用いた新規糖脂質及び標識スフィンゴ糖脂質の酵素合成について紹介する。Y-EGCaseを1-アルカノール存在下でスフィンゴ糖脂質に作用させると、スフィンゴ糖脂質由来のオリゴ糖はアルコール性水酸基に転移された(4)。種々の1-アルカノールがアクセプターとなったが、その中でメタノールが最もよく、続いて1-ヘキサノール、1-ペンタノールの順であった。本酵素はセラミドもアクセプターとし、放射性同位体あるいは蛍光標識セラミド存在下でY-EGCaseをスフィンゴ糖脂質に作用させると、放射性あるいは蛍光標識糖脂質が生成された。オリゴ糖ドナーとしてはGM1が最も良く、GD1b、GT1b等のポリシアロガングリオシドがそれに続いた。また、興味深いことに,本酵素は加水分解の逆反応(縮合反応)も触媒し、ラクトースとセラミドからラクトシルセラミドが生成した(図2)。

図2
スフィンゴ糖脂質は糖鎖構造の違いによって400種にも上る分子種が知られていて、その命名は糖鎖構造に基づいて行われている。しかし,同一糖鎖を有する糖脂質分子でも脂質部分に関しては不均一性を示すことが多い。スフィンゴ糖脂質の研究は、糖鎖の多様性とその機能解明に重点がおかれてきたが、今後は脂質部位の構造の重要性にも注目が集まるだろう。例えば生体膜上でのミクロドメイン(ラフト)形成やその機能に脂質部分の構造,特に脂肪酸の飽和・不飽和度が重要であるという知見が得られている。次に、スフィンゴ脂質セラミドN-デアシラーゼ(SCDase)を用いてスフィンゴ糖脂質のセラミド内の脂肪酸を自由に変換したり、あるいは標識する技術について述べる。

本酵素は、スフィンゴ糖脂質とスフィンゴミエリンに作用して脂肪酸を遊離しそれぞれのリゾ体を生成する酵素で、水生細菌Pseudomonas sp. TK-4 の培養上清に初めて見い出された(5)。その後,海洋細菌由来の酵素がクローニングされた(6)。SCDaseは、加水分解反応のみならず、加水分解の逆反応(縮合反応)と脂肪酸交換反応を非常に効率よく触媒する(図1)。両反応は,エンドグリコセラミダーゼやその他のグリコシダーゼと比較しても大変ユニークである。加水分解反応と逆反応のキネティクスを詳細に検討したところ、酸性pHかつ高濃度の界面活性剤が存在すると加水分解が優先的に進むが、中性域で界面活性剤の濃度が下がると逆反応が進行する。逆反応では,C14:0〜22:0の脂肪酸が効率よく縮合される。また,少し反応速度は劣るがC18:1, C18:2, C18:3,C20:5等の不飽和脂肪酸も良い基質となる。糖鎖部位に対しては広い特異性を示し、調べたかぎり全てのリゾスフィンゴ糖脂質が受容体となる。そればかりかリゾスフィンゴミエリンやスフィンゴシンも良い受容体となる。このように、SCDaseの縮合反応は受容体及び脂肪酸分子種に対しては極めて寛容な特異性を示すが、光学的異性体に対しては厳密な特異性を示し,天然に存在するD-erythro体のみが受容体となる(7)。

スフィンゴ糖脂質の脂肪酸部分は不均一性を示す。そこで、SCDaseを用いて糖脂質から脂肪酸を切り離した後、縮合反応を用いて目的の脂肪酸分子種を導入し、単一脂肪酸分子種を持つスフィンゴ糖脂質を作製する技術は大変有用である。また,放射性同位体や蛍光で標識された脂肪酸をドナー基質として用いることで種々の標識スフィンゴ糖脂質を高収率で作製することが可能である(8)(図3)。

図3
ここで述べたように、EGCaseやSCDaseの加水分解反応と転移・縮合反応を組み合わせることによりスフィンゴ糖脂質の合成や標識が簡単に行える。本法は,従来の化学的な方法に比べて収率や簡便さにおいて格段に優れているばかりでなく、今まで化学的方法の適用が困難であったポリシアロガングリオシドにも応用できるので、今後スフィンゴ糖脂質研究において広く使われることが期待される。
伊東 信(九州大学大学院 農学研究院 生物機能科学部門)
References (1) Ito M, Yamagata T,: A novel glycosphingolipid-degrading enzyme cleaves the linkage between the oligosaccharide and ceramide of neutral and acidic glycosphingolipids. J. Biol. Chem. 261, 14278-14282, 1986
(2) Sakaguchi K, Okino N, Izu H, Ito M,: The Glu residue in the conserved Asn-Glu-Pro sequence of endoglycoceramidase is essential for enzymatic activity. Biochem. Biophys. Res. Commun. 260, 89-93, 1999
(3) Horibata Y, Okino N, Ichinose S, Omori A, Ito M,: Purification, characterization and cDNA
cloning of a novel acidic endoglycoceramidase from the jellyfish, Cyanea nozakii. J. Biol. Chem. 275, 31297-31304, 2000
(4) Horibata H, Higashi H, Ito M,: Transglycosylation and reverse hydrolysis reactions of endoglycoceramidase from the Jellyfish, Cyanea nozakii. J. Biochem. 130, 263-268, 2001
(5) Ito M, Kurita T, Kita K,: A novel enzyme that cleaves the N-acyl linkage of ceramides in various glycosphingolipids as well as spingomyelin to produce their lyso forms. J. Biol. Chem. 270, 24370-24374, 1995
(6) Furusato M, Sueyoshi N, Mitsutake S, Sakaguchi K, Okino N, Ito M,: Molecular cloning and characterization of sphingolipid ceramide N-deacylase from a marine bacterium, Shewanella alga G8. J. Biol. Chem. 276, 17300-17307, 2002
(7) Kita K, Kurita T, Ito M,: Characterization of the reversible nature of the reaction catalyzed by sphingolipid ceramide N-deacylase. - A novel form of reverse hydrolysis reaction -Eur. J. Biochem. 268, 1-12, 2001
(8) Nakagawa T, Tani M, Kita K, Ito M,: Synthesis of fluorescent GM1 and SM utilizing the reverse hydrolysis reaction of sphingolipid ceramide N-deacylase. -Use of fluorescent substrates for assays of sphingolipid degrading enzymes and sphingolipid-binding proteins- J. Biochem. 126, 111-119, 1999
2002年 9月 12日

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