中藤博志
東京都立大学大学院理学研究科

 
 ショウジョウバエ division abnormally delayed (dally) 遺伝子は細胞膜結合型ヘパラン硫酸プロテオグリカンの一種、グリピカンのコアタンパク質をコードしている。dally 突然変異体は、幼虫視覚神経系の神経芽細胞群において細胞周期の進行が異常となる変異体として単離されたものである。また、翅、複眼、触角、外部生殖器などを含む多くの成虫組織の形態形成に異常がみられる。このようなdally 変異体の表現型の解析から、グリピカンが細胞分裂・分化を制御する細胞間シグナル系において機能していることが予測された。私たちは、Dallyがどのような細胞間シグナル系に関与するのかという問題について、dally 変異体の遺伝学的解析をおこなってきた。その結果、いくつかの成虫組織の発生過程において、Dally が細胞膜表面で Decapentaplegic (Dpp; ショウジョウバエのTGF-β) のシグナル量を調節していることを見いだした。しかしその一方で、胚期においては、Dally は Dpp シグナル系には関与しないということも示された。この時期のdally 遺伝子の発現は、分泌性シグナル分子である、Wingless (Wg; ショウジョウバエWnt ホモログ) のシグナルを受容する細胞と一致している。そこで、dally遺伝子とwg遺伝子間の遺伝学的相互作用を解析したところ、胚表皮では Dally がWgの補受容体として機能することが明らかとなった。また複数の研究グループが、Wgのシグナル伝達に必要な遺伝子として、sugarless (sgl)、sulfateless (sfl)を同定し、これらの遺伝子がグリコサミノグリカンの生合成・修飾に必要な酵素(それぞれ、UDP-グルコース脱水素酵素、ヘパラン硫酸N-硫酸基転移酵素)をコードしていることを報告した。これらの酵素は通常、 Dallyの糖鎖生合成にはたらくが、その突然変異体ではDallyの糖鎖付加が正常に起こらず、Wgシグナルに異常が生じる。すなわち、Dallyは胚期にWgシグナル系の一成分として機能し、その機能にはグリコサミノグリカン鎖の付加が必須であることが明らかとなった。
 DallyがDppおよびWgと特異的に相互作用するという知見から、「Dally がいかにして異なるリガンド特異性を示し得るのか」という新たな疑問が提起されている。私たちは、ヘパラン硫酸の構造的多様性、特に特異的な硫酸化パターンがタンパク質との選択的相互作用に重要なのではないかと考え、ショウジョウバエの、ヘパラン硫酸硫酸基転移酵素遺伝子の解析をすすめている。今回、ヘパラン硫酸6-O硫酸基転移酵素遺伝子の機能について、最近の知見を紹介する。糖鎖の機能解明を目指す、モデル生物を用いた研究の現状と将来について議論したい。

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