上野直人
岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所

 
  個体発生の過程では均一な細胞集団が細胞分化によって徐々に異なる性質をもった細胞集団に区画化されていく。この「パターン形成」には細胞間相互作用が必須であり、細胞増殖因子が中心的な役割を担っていることが明らかにされてきた。とくにBMP、アクチビン、ノーダルに代表されるTGF-βスーパーファミリーに属する細胞増殖因子は初期発生における体軸形成といった基本的なボディープランの確立から器官形成まで必須の役割を担っていることが知られている。しかしながら、細胞増殖因子がその産生細胞から分泌された後どのように標的細胞に作用を及ぼし、パターンを形成するのかについては不明な点が多い。標的細胞への作用については産生細胞から分泌された分子が遠距離に向けて緩やかな濃度勾配をつくる「直接拡散メカニズム」、あるいは分泌された分子が近傍の細胞に作用し、その影響を受けた細胞がさらに周囲の細胞に二次的、三次的影響を及ぼす「リレーメカニズム」という二つのモデルが想定されていた。我々は、アフリカツメガエルやゼブラフィッシュBMPによる外胚葉の表皮化誘導および神経化抑制という分化誘導系をモデルとして、BMPによるパターン形成メカニズムについて研究した。
  BMPは他のTGF-βスーパーファミリーと同様にtype I、type II 二種類の受容体型ser/thrキナーゼを介して細胞内シグナル伝達系を活性化する。もし、リレーメカニズムによってBMPシグナルが一旦細胞によって解釈され、二次的、三次的なシグナルを伝播するならば、type I受容体をリガンドであるBMP非依存的に活性化すれば、周辺細胞に同様な分化誘導を引き起こせるはずである。しかしながら、BMP非依存的に表皮化シグナルを活性化する構成的活性型(constitutively active)BMP受容体、CA-BMPRIAを発現するゼブラフィッシュ胞胚細胞を別のホスト胚に移植しても、移植された細胞は周囲の細胞に分化誘導を引き起こすことはなかった。したがって、BMPは直接拡散によってパターン形成に寄与しているものと考えられる。
  一方、BMPの発現パターンをin situ hybridizationで観察するとBMP発現領域は予定神経領域と相補的であり、BMPが長距離にまで拡散して神経分化を抑制するlongrange signalというより、むしろ近距離でのみ作用するshort rangeシグナルとして作用していることを支持するように見られる。BMPとは対照的にアクチビンは様々な実験系において拡散性が高いことが認められており、long range signal であることがよく知られている。我々はこの拡散性の差は一次構造上の特徴にあるものと考え、BMPファミリーに特徴的に見られるN末端側の塩基性アミノ酸配列を欠失した変異BMPを作製し、拡散性に関する検討を行った。その結果、変異BMPは生物活性や受容体への親和性は変わらないものの、拡散性が著しく高くなっていることが判明した。また、この変異体が欠失した塩基性アミノ酸はヘパリンとの相互作用に関わっているという結果から、BMPがヘパラン硫酸プロテオグリカンとの相互作用によって制御されていることが示唆された。


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