Oct 03, 2022

リビトールリン酸と筋ジストロフィー治療戦略
(Glycoforum. 2022 Vol.25 (5), A14)
DOI: https://doi.org/10.32285/glycoforum.25A14J

金川 基

金川 基

氏名:金川 基
愛媛大学大学院医学系研究科 教授
2001年北海道大学大学院理学研究科化学専攻博士後期課程修了(谷口和弥教授)、博士(理学)取得。2001年よりハワードヒューズ医学研究所/アイオワ大学のKevin P Campbell博士の下でジストログリカンの機能解析に従事、糖鎖異常型筋ジストロフィーの発見に携わる。2006年より戸田達史教授(大阪大学/神戸大学、現東京大学)の下で、ジストログリカンの構造と機能に関する研究、および筋ジストロフィーの病態解明と治療法の開発に従事。2020年より現職。引き続き筋ジストロフィーの病態解明と治療法の開発を進めている。

1. はじめに

リビトールリン酸はバクテリアの細胞壁成分であるタイコ酸の構成分子として知られる糖アルコールリン酸である。2016年、マトリクス受容体であるジストログリカンという膜タンパク質に修飾される糖鎖の成分として、脊椎動物細胞においてもリビトールリン酸が存在することが明らかになった。同時に、リビトールリン酸の生合成に関する酵素群も明らかになったが、これらの酵素をコードする遺伝子の異常は筋ジストロフィー発症の原因となる。リビトールリン酸修飾のメカニズムが明らかになるとともに、リビトールリン酸異常型筋ジストロフィーに対する治療法開発が熱を帯びてきた。本稿では、リビトールリン酸の発見の経緯と現在提唱されている治療戦略を紹介する。

2. ジストログリカン異常症

筋ジストロフィーは進行的に筋力が低下する遺伝性疾患で多くの原因遺伝子が存在する。デュシャンヌ型/ベッカー型の原因遺伝子であるジストロフィンに代表されるように、構造タンパク質をコードする遺伝子が多いが、2000年代初頭にジストログリカンという膜タンパク質の糖鎖修飾異常によって発症する筋ジストロフィー群が発見され、ジストログリカン異常症という疾患概念が確立された1。ジストログリカンは細胞内ではジストロフィンと結合する一方で、細胞外では糖鎖を介してラミニンなどの基底膜成分と結合する。糖鎖の不全によりマトリクス結合能が失われることで発症に至る(Fig. 1)。

マトリクスリガンド結合活性には遠藤玉夫博士のグループが発見したO-マンノース型糖鎖が必要である2。これがわかったのは1990年代後半の話であるが、リガンド結合に関与する構造の詳細が明らかになるまで長い月日を要した。2010年代に入り、ゲノム解析技術の発展に伴いジストログリカン異常症の原因遺伝子が続々と同定され、その度に糖鎖構造も徐々に明らかになっていった。そして、リガンド結合活性をもつ構造はグルクロン酸とキシロースの2糖を単位とする繰り返し構造であること(マトリグリカン)3、マトリグリカンは、Core M3と呼ばれるO-マンノース型糖鎖の末端に修飾されることが明らかになった4Fig. 2)。一方で、マトリグリカンとCore M3構造の間には未知の構造が存在することも示唆されていた。

図1
Fig. 1 ジストログリカンの概要図
骨格筋の細胞膜に発現するジストログリカンは、細胞内ではジストロフィンと、細胞外ではマトリクスタンパク質と結合することで、基底膜と細胞骨格を結ぶ役割を果たしている。ジストログリカンとリガンドの結合には適切な糖鎖修飾が必要で、中でもマトリグリカンと呼ばれる構造がリガンドと直接結合する。
図2
Fig. 2 ジストログリカンの糖鎖構造の概要図
ジストログリカンのリガンド結合に関わる糖鎖構造の概略を示す。糖鎖の生合成に関わる酵素を白文字で示す。Man, マンノース; GlcNAc, N-アセチルグルコサミン; GalNAc, N-アセチルガラクトサミン; RboP, リビトールリン酸; Xyl, キシロース; GlcA, グルクロン酸; CDP-Rbo, CDP-リビトール; Rbo5P, リビトール5リン酸

3. リビトールリン酸構造と修飾酵素

我々は、ジストログリカン異常症患者の遺伝子変異情報をもとに、マトリグリカン修飾が生じない組換えジストログリカンを作出、糖ペプチド質量分析や精密質量分析、ガスクロマトグラフィー/質量分析法を駆使した様々な解析を行い、糖鎖の中からリビトールリン酸が二つ連なったタンデム構造として存在することを発見した5。この時点で機能不明なジストログリカン異常症遺伝子は、FKTN (fukutin)、FKRP (FKTN-related protein)、ISPD (isoprenoid domain containing)、TMEM5 (transmembrane protein 5)の4種であった。バクテリアのタイコ酸の生合成経路を参考に遺伝子機能解析を進め、ISPDはリビトールリン酸の供与基質となるCDP-リビトールの合成酵素、FKTNとFKRPはCDP-リビトールを基質としてCore M3構造に順にリビトールリン酸を転移する酵素、TMEM5はタンデムリビトールリン酸にマトリグリカンの土台となるキシロースを転移する酵素であることを明らかにした5,6Fig. 2)。FKTNは日本におけるジストログリカン異常症の大半を占める福山型筋ジストロフィーの原因遺伝子である7FKRPは欧米で最も多いジストログリカン異常症である肢帯型筋ジストロフィー2Iの原因遺伝子である。ISPD遺伝子変異の症例も欧米や中国から少なからず報告されている。以上を踏まえると、ジストログリカン異常症の大半はリビトールリン酸不全症であるといえる。

4. CDP-リビトール補充療法

ISPD異常型筋ジストロフィーはCDP-リビトールの合成不全が発症要因であるため、細胞外からCDP-リビトールを補充すれば糖鎖が回復し治療効果が見込まれる5。しかし、CDP-リビトールは親水性が高く、細胞膜透過活性は低いことが予想される(Fig. 3)。そこで我々はCDP-リビトールに疎水性官能基を修飾することで膜透過活性を高め、細胞内に送達後は、細胞の代謝反応を利用して元のCDP-リビトールへと変換する、いわゆるプロドラッグ化の手法を用いてCDP-リビトール補充療法の有効性を検証することにした。10種のプロドラッグ化合物を合成し、in vitroとin vivoで糖鎖回復活性と毒性を評価し、良好な活性をもつ化合物として、リビトール部分の4箇所の水酸基にアセチル基を導入したテトラアセチル型CDP-リビトールを選出した。テトラアセチル型CDP-リビトールを長期にわたりIspd欠損マウスに筋注投与した結果、筋ジストロフィー症状の進行を有意に抑制できることを見出した8Fig. 3)。以上から、CDP-リビトール補充療法の提唱に成功したものの、細胞内への送達効率や生体内安定性など、改善の余地は大きく、今後、全身性投与が可能なプロドラッグ化合物の開発が必要とされる。

CDP-リビトールはリビトール5リン酸から合成されるが、リビトール5リン酸がどのように生合成されるかはわかっていない。正常細胞や正常マウス筋組織にリビトールやリボースを大量に投与すると、CDP-リビトールの合成量が増加することから、ペントースリン酸経路が関わっていると考えられている9。興味深いことに、米国のグループは、FKRP点変異マウスにリビトールを経口投与するとジストログリカンの糖鎖が回復し、治療効果が得られたことを報告した10。変異FKRPであっても基質量(CDP-リビトール)が増えると酵素反応が促進されることが理由だと思われるが、その酵素反応論的な実証はなされていない。マウス実験での良好な結果をうけ、FKRPを原因遺伝子とする肢帯型筋ジストロフィー2Iに対する臨床試験は米国で既に着手されている。このリビトール療法の有効性は原因遺伝子の変異タイプに依存するかもしれないが、根本的な治療法が存在しないジストログリカン異常症にとって革新的な進歩であることは疑いようがない。

図3
Fig. 3 CDP-リビトール補充療法の概要図
ISPD欠損型のジストログリカン異常症ではCDP-リビトール合成不全によってリビトールリン酸修飾が生じない。CDP-リビトールは細胞膜を透過しないが、プロドラッグ化することで細胞内に送達でき、CDP-リビトールへと再変換されることで、リビトールリン酸修飾が回復する。その結果、Ispd欠損マウスの筋病変を抑制することに成功した。

5. おわりに

ジストログリカン異常症が発見されてから、糖鎖構造と修飾酵素の全容が明らかになるまでに、実に15年の歳月がかかった。現在は、解明された発症機序に基づくいくつかの治療戦略の有効性が検証されており、臨床応用の期待が高まっている。また、本項では割愛したが、ジストログリカン異常症モデルマウスを用いた研究から、リビトールリン酸修飾の生理的意義や病的意義も明らかになり11、その生物学的な重要性にも広がりをみせており、今後の発展に期待がもたれる。


References

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