Aug. 01, 2023

セルロース微結晶の磁場配向
(Glycoforum. 2023 Vol.26 (4), A14)
DOI: https://doi.org/10.32285/glycoforum.26A14J

和田 昌久

和田 昌久

氏名:和田 昌久
京都大学大学院農学研究科教授 博士(農学)
1991年東京農工大学農学部林産学科卒業、1993年東京大学大学院農学系研究科林産学専攻修士課程修了、1994年東京大学大学院農学生命科学研究科助手、2000年同講師、2000年~2001年ブリストル大学物理学科Visiting Lecturer(文部省在外研究員)、2004年東京大学大学院農学生命科学研究科助教授、2007年同准教授、2014年京都大学大学院農学研究科准教授、2018年同教授。現在、セルロースを中心とする多糖の固体構造と物性相関に関する研究に従事。日本木材学会奨励賞(1998)、セルロース学会奨励賞(2003)、セルロース学会学会賞(2012)。

1. はじめに

天然セルロース(セルロースI)を酸で処理して調製したセルロース微結晶は、幅ナノメートルサイズのウィスカーであり、高強度、高弾性率、低熱膨張率などの特性を有することが知られている1, 2。また、反磁性体であるセルロースに磁気異方性があることは古くから知られており3、強磁場を利用したセルロースI型微結晶の磁場応答に関するさまざまな研究が行われてきた4-10。一方で、レーヨンなどの再生セルロース繊維の結晶形であるセルロースⅡ11の磁場応答に関する研究は行われてこなかった。そこで、本稿では、セルロースI型微結晶の磁場配向挙動について概説するともに、セルロースII型微結晶の酵素合成とその三次元磁場配向化に関する最近の我々の取り組みを紹介する12

2. 磁場配向13

反磁性体の物質に静磁場Bを印加すると磁気エネルギーE を得る。
数式

ここで、χVは物質の異方性磁化率と体積、μ0は真空の透磁率である。ただし、結晶などの異方性(磁気異方性)を有する物質では、磁場に対する向きによって獲得する磁気エネルギーは異なる。獲得した磁気エネルギーが熱エネルギーなどの他の競合するエネルギーより十分に大きいとき、結晶はエネルギー的に安定となる向きに配向することとなる。

結晶の磁気異方性は2階の磁化率テンソルχで表される。直方晶、単斜晶、三斜晶などの二軸性結晶では、3つの異なる主値、χ3 < χ2 < χ1 < 0を有しており、一番大きなχ1軸(磁化容易軸)が磁場方向に向いたときにエネルギー的に最も安定となる。すなわち、静磁場下において結晶はχ1軸が磁場方向に配向することとなる。

3. セルロースI型微結晶の配向

天然ではセルロースは結晶性のミクロフィブリルとして存在している。幅がナノメートルオーダーであることから、近年はナノファイバーと呼ばれることもある。数μm以上もの長さがあるが、酸で加水分解すると短い繊維に切断される。酸加水分解物はセルロース微結晶あるいはセルロースナノクリスタルなどと呼ばれる(図 1a)。このセルロースI型微結晶の配向には大きく3つの方法が知られている。一つは流動場におけるせん断による方法であり、微結晶の懸濁液からその一軸配向フィルムが調製されている14。もう一つは電場による方法であり、微結晶懸濁液に交流電場を印加すると微結晶の長軸が電場と平行に配向する15, 16。最後の一つが磁場による方法である。磁場は、流動場や電場とは異なり、空間経由で作用することに特徴である。そのためバルク試料に磁場を印加して配向させることが可能である。セルロースI型微結晶ではχ3軸(磁化困難軸)が微結晶の長軸(繊維軸)に一致し、χ1χ2であることが知られている10。すなわち、磁場に対して微結晶の長軸が垂直になるように配向する4-10

図1
図 1. 硫酸加水分解して調製したセルロースI型微結晶(a)、セルロース微結晶懸濁液のクロスニコル像(b)と異方相におけるキラルネマチック配列の模式図(c)

4. セルロースI型微結晶懸濁液の液晶形成と磁場配向

セルロース微結晶が磁場配向するためには、(1) 獲得する磁気エネルギーが大きくなるように体積の大きな微結晶であること、(2) 懸濁液中で微結晶が凝集せずに均一に分散していることが必要である。緑藻類の細胞壁や尾索動物のマボヤ(Halocynthia roretzi)の被嚢のセルロースは結晶サイズが大きい。また、これらのセルロースを硫酸で加水分解すると微結晶の表面に負電荷(-SO3)が導入され、分散性に優れた微結晶の懸濁液が調製できる。硫酸で加水分解されたセルロース微結晶懸濁液は、セルロース微結晶がある濃度以上になると等方相と異方相に分離し(図 1b)、異方相(液晶相)では微結晶がキラルネマチックに配列した液晶を形成することが知られている(図 1c17, 18。そして、この液晶相に静磁場を印加すると個々のドメインが大きなモノドメインとなり、そのらせん軸が磁場と平行に配向するようになる(図 2a6, 7。この場合、どのレイヤー中でも繊維軸が磁場と垂直となり、エネルギー的に安定となるからである。そして、水平磁場(8 T)下でセルロース微結晶懸濁液をキャストして調製したフィルムのX線回折図では、繊維軸が磁場に対して垂直に配向していた(図 2c)。これは、磁場軸(らせん軸)周りの繊維軸の自由回転が乾燥によって束縛されることにより(図 2b)、微結晶が一軸配向したことを示している。

図2
図 2. セルロースI型微結晶の懸濁液におけるキラルネマチック相の磁場配向(a)と水平磁場下で懸濁液を乾燥させた際のセルロース微結晶の配向の模式図(b)ならびに磁場配向セルロースフィルムのX線回折図(c)

5. 酵素合成セルロースII型微結晶

リン酸加水分解酵素であるホスホリラーゼの逆反応を利用すると糖鎖合成が可能である19。グルコースをプライマー、グルコース-1-リン酸(αG1P)をドナーとして、セロデキストリンホスホリラーゼ(CDP)を用いて合成すると、セルロースオリゴマー(DP ≈ 9)からなる高結晶性のセルロースII型微結晶が得られる(図 3 反応120, 21。しかし、この微結晶には表面電荷が導入されていないので、その懸濁液は分散性に優れず凝集する。そこで、1-アジド-1-デオキシ-β-D-グルコピラノシドをプライマーとして用い、還元末端にアジド基が導入されたセルロースオリゴマーの微結晶を合成することとした 22。その際、スクロースをフルクトースとαG1Pに分解するスクロースホスホリラーゼ(SP)(図 3 反応2)をCDPと共に用いてαG1Pからではなくスクロースからセルロースオリゴマーを合成した(図3 反応323

図3
図 3. CDPによるreaction 1とSPによるreaction 2を組み合わせたセルロース合成反応(reaction 3)

白色の沈澱として得られた合成産物は高温の水に溶解後、冷却して再結晶化した。再結晶化により、エッジの鋭い平板状のセルロースII型微結晶が得られ、幅は数百nm、長さは数μm、厚さは分子鎖長に相当する5 nmであった(図 4a)。この微結晶におけるセルロース分子鎖の配列を図 4bに示す。微結晶の長軸はセルロースIIの[1 1 0]方向に相当することから、結晶成長はグルコース環が疎水的にstackingする方向である。また、アジド基は微結晶表面に導入されている。そのため、再結晶化した微結晶の懸濁液は凝集せず、クロスニコル下で流動複屈折が観測された。すなわち、酵素により、磁場配向が可能な大きなサイズの分散性に優れたセルロースII型微結晶が調製できた。

図4
図 4. アジド基を表面に導入したセルロースII型微結晶のTEM像(a)とその微結晶内での分子鎖配列の模式図(b)

6. セルロースII型微結晶の磁場配向12

酵素合成セルロースII型微結晶の懸濁液を8 Tの水平磁場下でキャストして乾燥させたところ、セルロース微結晶が三次元配向したフィルムが得られた。フィルム面に垂直にX線を入射した回折図では、磁場方向に1 1 0の回折、磁場垂直方向に1 1 0の回折が現れている(図 5a)。このことから、セルロースIIのχ1軸(磁化容易軸)とχ2軸(磁化中間軸)は、おおよそ[1 1 0]と [1 1 0]の方向であるといえる(図 5b)。三次元配向は通常、時間変調磁場によって達成されるが24, 25、静磁場によるχ1軸配向と乾燥による平板状微結晶のflat-on配置によって達成されたのであろう。しかし、磁化軸には正負の方向がなく、結晶を磁化軸周りに180°回転させても磁気エネルギーは同じになる。そのため、単斜晶であるセルロースII型結晶においてはtwinに配向することとなる(図 5c)。

図5
図 5. 三次元磁場配向したセルロースII微結晶のX線回折図(a)と回折図に相当する逆格子(b)と実格子(c)

7. おわりに

CDPによって合成したセルロースは、セルロースI型とは異なる分子鎖配列を示すセルロースII型の平板状微結晶を形成した。アジド基が表面に導入されたことにより分散性に優れた懸濁液が調製され、その結果、セルロースII型微結晶の三次元磁場配向が達成された。本研究は超伝導磁石によって発生された磁場を利用しているが、永久磁石程度の磁場でも流動場などと組み合わせればセルロース微結晶の高配向化が達成できる。また、強磁場を利用すれば、セルロース以外の多糖や高分子の微結晶でも三次元配向が可能となるので、構造解析や異方性材料の創製に道が開ける。

謝辞

本稿にコメントをいただいた森林総合研究所、久住亮介氏に感謝します。


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