氏名:政木 紀道
2023年 京都府立大学生命環境学部森林科学科卒業、2025年 京都府立大学大学院生命環境科学研究科・環境科学専攻博士前期課程修了。森林資源のエネルギー・マテリアル利用に関心を持ち、木材のバイオリファイナリーに関する研究に取り組んだ。現在は活性炭メーカーにて研究開発に従事し、木材由来原料の製品応用拡大を目指している。
氏名:細谷 隆史
京都府立大学 大学院生命環境科学研究科 准教授
2003年 京都大学農学部生物機能科学科卒業。2008年京都大学大学院エネルギー科学研究科エネルギー社会・環境科学専攻博士課程修了。JSPS特別研究員、ウィーン農科大学博士研究員、京都府立大学特任講師、同助教を経て2019年10月より現職。
専門分野はバイオマス化学、有機物理化学。
氏名:宮藤 久士
京都府立大学 大学院生命環境科学研究科 教授
1994年京都大学農学部林産工学科卒業。1996年京都大学大学院農学研究科修士課程修了。
1996年‐1997年大建工業株式会社研究員。1997‐2010年京都大学大学院エネルギー科学研究科助手(名称変更により2007年-助教)。2001‐2002年オーストリアアグロバイオテクノロジー研究所(IFA-Tulln)博士研究員。2010年京都府立大学准教授。2016年より現職。
専門はバイオリファイナリー、木材の化学加工。
地球温暖化対策として化石資源への依存を低減する水素エネルギーが注目されているが、現在の水素生産のほとんどは化石資源に依存している。本研究では、カーボンニュートラルな資源である木材(スギ)とNaOHを固体状態で混合し、25〜120℃という極めて低い温度域で加熱するだけで水素が発生するという現象を見い出した。この「低温反応」は熱分解をはじめとした既存の水素生産技術とは全く異なる未知の反応経路であり、木材の主要三成分すべてで進行することを確認した。産業排熱の有効活用や低コスト・小規模な水素生産への応用が期待される技術である。
地球温暖化対策として化石資源への依存を低減する低炭素社会の実現が急務となっている1,2。次世代エネルギーキャリアとして水素が注目されており3,4、特に再生可能エネルギー由来の水素生産技術の開発が求められている5,6。本研究では、木質バイオマス(木材)とNaOHを組み合わせた、これまでにない低温での水素生産プロセスを紹介する。
現在、世界で生産される水素の大部分は化石資源を原料としている。天然ガス(メタン)の水蒸気改質が全体の約48%、ナフサの水蒸気改質が約30%、石炭ガス化が約18%を占めており、水の電気分解による生産は約4%にすぎない7。しかしながら、このような化石資源由来の水素生産プロセスでは二酸化炭素が副生するため、本質的な低炭素化には結びつかない。
化石資源を使用しない水素生産法として水の電気分解やバイオマスのガス化などがある。水の電気分解は簡便な方法であるが、塩素ガスなどの有害ガス発生や水資源の地域偏在といった課題がある。一方、バイオマスはカーボンニュートラルな資源であり、食用に供されない木材などを原料として使用できるため、食料との競合も生じない8。このことから、バイオマスからの水素生産は持続可能なエネルギー供給の観点から大きな期待が寄せられている。
バイオマスから水素を生産する主要な技術として、以下の方法が研究・開発されている。
(1)微生物発酵9,10 食品廃棄物などのバイオマスを嫌気性条件下で発酵させ、常温付近で水素と二酸化炭素を生成する。エネルギー効率は低く、有機酸が副生するため、メタン発酵との組み合わせが検討されている。
(2)超臨界水ガス化11,12 600 ℃、25 MPa程度の超臨界水中でバイオマスをガス化し、水素・二酸化炭素・メタンを得る方法。ほぼ完全なガス化が可能であるが、触媒劣化や原料の連続供給、反応器の閉塞といった課題が残る。
(3)熱分解ガス化13,14 酸素制限下でバイオマスを高温加熱し、水素・一酸化炭素・炭化水素を生成する方法13。水素の本格的な発生には600℃以上の高温が必要であり、生成するタールが配管閉塞を引き起こすという問題がある。タールを分解するために1100℃以上の温度が必要となる場合もあり、多大なエネルギーを必要とすることが課題である14。アルカリ金属塩などを触媒として添加すると水素発生温度の低温化やタール量の低減に効果があることが知られているが15,16、それでも依然として高温プロセスである。
NaOHを触媒として用いた先行研究17-21の中に、グルコースとNaOHの固体混合物を100℃付近で加熱した際に水素が発生したという報告がある17,18。これは、水素の本格的な発生温度(600℃以上)とは大きくかけ離れた、非常に特異な現象である。
この低温帯(〜120℃)での水素生成は、既存の熱分解反応とは全く異なる未知の反応経路を経ているものと推測される。一方で、100〜200℃未満の産業排熱は全体の75%以上を占める大きなエネルギーポテンシャルを持ちながら、利用しにくい温度帯として知られている19。もしこの温度帯でバイオマスから水素を製造できれば、未利用熱の有効活用という観点からも大きな意義がある。
木材はカーボンニュートラルかつ食料と競合しない資源であるが、木材とNaOHを組み合わせた低温水素生産の研究は従来行われていなかった。本研究では、木材(スギ木粉)とNaOHの固体–固体反応に着目し、100〜120℃付近での水素生成挙動を詳しく調べた。
スギ木粉、セルロース、グルコース、リグニン、キシランなどのバイオマス試料とNaOHをそれぞれ300 mgずつ密閉バイアルに封入し、25〜250℃の温度域で0.5〜24時間加熱した。反応はAr雰囲気またはO2雰囲気下で行い、加熱後のバイアル気相をガスクロマトグラフィーで分析して、発生した水素・メタン・一酸化炭素の体積を定量した。
スギ木粉とNaOHの混合物は常温(25℃)でも微量の水素が発生することが確認された(Table 1)。これは熱分解とは全く異なる反応機構の存在を強く示唆しており、本研究ではこの現象を「低温反応」と呼ぶ。低温反応はAr雰囲気下だけでなく、O2雰囲気下でも進行した。
ここでは加熱装置としてアルミブロックを用いて反応を行った。反応温度の上昇に伴い発生水素量は増加し、120〜200℃にかけて急激な増加が見られた(Table 1)。この傾向はAr雰囲気下だけでなくO2雰囲気下でも同様であった。120℃以下では低温反応が支配的であり、200℃以上では別の反応機構も寄与していると考えられる。反応温度250℃でのスギ木粉の水素変換率は約30%に達した。
| 温度 (℃) | 雰囲気 | H2発生量 (mL) | H2変換率 (%) |
| 25 | Ar | 0.00059 | 0.00031 |
| 25 | O2 | 0.00072 | 0.00038 |
| 120 | Ar | 1.9 | 1.0 |
| 120 | O2 | 2.9 | 1.5 |
| 200 | Ar | 33.8 | 17.8 |
| 200 | O2 | 34.3 | 18.1 |
| 250 | Ar | 57.9 | 30.6 |
| 250 | O2 | 60.2 | 31.8 |
ここでは加熱装置としてオイルバスを用いて反応を行った。120℃での反応では、約4時間で発生水素量がほぼ一定となり、それ以降は増加しなかった(Fig 1)。この結果は、低温反応に関与できる活性点や反応部位が有限であることを示唆している。また、水素の他にメタンと一酸化炭素が検出された(Fig 2)。メタンと一酸化炭素共にAr雰囲気下では全く発生しなかったが、O2雰囲気下では微量発生していた。一酸化炭素に関しては反応時間が長くなるにつれ減少しており、これは空気中の酸素と結合し、二酸化炭素に変化していると考えられる。しかし、二酸化炭素は検出されなかったため、発生した二酸化炭素はNaOHに吸着されていると考えられる。しかしながら、Fig 1および2から分かるように、主生成物は水素であり、メタンや一酸化炭素の生成量は非常に少なかった。


スギのほか、セルロース、キシラン、リグニン、グルコースのいずれを用いた場合でも水素生成が確認された(Fig 3)。これは、木材の主要三成分(セルロース、ヘミセルロース、リグニン)すべてで低温反応が進行することを意味しており、実際の木材を原料とした水素生産が可能であることを示している。また、O2雰囲気下ではスギの水素発生速度が他の単独成分より速く、各成分間で相乗効果が働いている可能性も示唆された。

本研究で確認された低温反応の最大の特徴は、水素生成に必要な温度が既存技術と比べて格段に低いことである。Table 2に既存のバイオマス水素生産技術と本研究の反応温度を比較して示す。
| 技術 | 反応温度 | 主な課題・特徴 |
| 微生物発酵 | 常温〜40℃ | 効率低、有機酸副生 |
| 超臨界ガス化 | 約600℃、25 MPa | 高温高圧、触媒劣化 |
| 熱分解ガス化 | 600〜1100℃ | タール問題、高エネルギー消費 |
| NaOH低温反応(本研究) | 25〜120℃ | 未利用排熱の活用可能、低コスト |
熱分解ガス化では水素の本格生成に600℃以上が必要であり、タール処理を含めると1100℃に達するプロセスも存在する。超臨界水ガス化でも約600℃近い温度が必要である。これに対し、本研究で見出した低温反応は25〜120℃という極めて低い温度域で水素を生成できる。
産業界では200℃未満の排熱が全体の75%以上を占めるにもかかわらず、その多くが未利用のまま廃棄されている。本研究の低温反応は、こうした未利用排熱を熱源として活用できる可能性を持っており、エネルギー効率の大幅な改善が期待できる。また、高温高圧設備が不要となるため、プロセスの簡略化・小型化・低コスト化にも寄与すると考えられる。
さらに、原料として用いるスギなどの木材はカーボンニュートラルな資源であり、食料競合の問題も生じない持続可能なバイオマスである。これらの点を総合すると、NaOH共存下でのバイオマス低温水素生産プロセスは、既存技術にはない革新的な可能性を秘めた新しい水素生産アプローチといえる。
本研究では、スギ木粉とNaOHを固体–固体で混合し、100〜120℃という低温で加熱するだけで水素が生成されることを実験的に確認した。この低温反応は常温でも進行する点で既知の熱分解反応とは根本的に異なり、セルロース、ヘミセルロース、リグニンといった木材の主要成分すべてに対して進行することも明らかにした。
反応の詳細な機構についてはさらなる研究が必要であるが、未利用排熱を活用した低温・低コスト・カーボンニュートラルな水素生産プロセスとして、今後の発展が大いに期待される研究成果であると考えている。