Jun. 01, 2026

ENGaseを用いた糖鎖改変技術の産業応用
(Glycoforum. 2026 Vol.29 (3), A10)
DOI: https://doi.org/10.32285/glycoforum.29A10J

岩本 充広 / 武藤 洋史

岩本 充広

氏名:岩本 充広
第一三共株式会社、テクノロジー本部 テクノロジー開発統括部 バイオプロセス技術第一研究所 グループ長
2005年に早稲田大学大学院 理工学研究科 生命理工学専攻 博士課程修了し、三共株式会社入社(2007年から第一三共株式会社)。2010年まで低分子創薬研究に従事した後に、2011年から2019年まで、モダリティ創薬研究(ペプチド、糖鎖、核酸、抗体)に従事。2020年より、バイオ医薬品の製法研究に従事。

武藤洋史

氏名:武藤 洋史
第一三共株式会社、テクノロジー本部 テクノロジー開発統括部 バイオプロセス技術第一研究所 シニアサイエンティスト
2013年に早稲田大学大学院 先進理工学研究科を修了し、第一三共株式会社に入社。以降、一貫してバイオ医薬品の製法研究に従事。2024年に群馬大学大学院 理工学府にて学位(博士(理工学))を取得。

1. 序文

糖鎖改変技術(Glyco-engineering)は、ペプチドやタンパク質などの生体分子に結合する糖鎖の構造を人工的に設計・改変する技術である。バイオ医薬品の分野では、薬物の特性を調整し、機能性の向上、標的特異性の強化、副作用の低減を目指した多様なアプローチが検討されている1-4。特に、エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ(ENGase)を用いたモノクローナル抗体(mAb)の化学酵素的な糖鎖改変技術は、抗体薬物複合体(ADC)の部位特異的な結合を可能にするリンカーの提供に有用な手法の一つとして知られている5-7。本稿では、化学酵素的アプローチによる創薬研究の最近の進展と、大規模生産における課題克服のための研究事例について紹介する。

2. 創薬および工業応用に向けた研究事例

2-1. Endo-M N175QおよびEndo-S D233Q / Q303Lを用いたANPの糖鎖改変

心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)は、ヒト心房から単離された28残基のペプチドであり、急性うっ血性心不全(ADHF)をはじめとする心血管疾患の治療に有益な薬理効果を示す。しかし半減期が短く(2.4 ± 0.7分)、臨床使用は持続的な静脈内注入に限られている。そこで我々は糖鎖改変技術を活用し、半減期の延長されたANP誘導体の作出を目指した8。検討では、溶解性、ならびに哺乳類への安全性を考慮し、ヒト型オリゴ糖(SG)を均一に付加した。なお、修飾に用いるSGの調製には入手性の観点からシアリルグリコペプチド(SGP)を利用した。

SGPにEndo M N175Qを作用させてGlcNAc tagへ糖鎖を転移させた後9,10、NHSエステル化し、ANP(1)と反応させてSG-ANP(3)を得た(図 1)。調製したSG-ANP(3)はラットにて強い薬理効果(グアニル酸シクラーゼA活性化)とネプリライシン(NEP)に対する代謝耐性を示した。

図1
図 1. Endo-M N175Qを利用したSG-ANPの合成スキーム
GlcNAc-tag, 2-アセトアミド-2-デオキシ-β-D-グルコピラノシルオキシ酢酸;NHSエステル, N-ヒドロキシスクシンイミドエステル;SGP, シアリルグリコペプチド;SG-ANP, シアリルグリコ心房性ナトリウム利尿ペプチド;Su, スクシンイミド。

この手法は、大腸菌産生オリゴペプチドのN末端またはリジン側鎖へ糖鎖を単一工程で選択的に導入できる点で有用である。一方、固相ペプチド合成法(SPPS)で合成されたオリゴペプチドへの糖鎖導入には別途優れた手法が報告されている11

さらに我々は、Endo-S D233Q/Q303Lを用いた化学酵素的アプローチにより、糖鎖修飾ANPをmAbまたは抗体Fc断片にコンジュゲートさせた(図 2)。カニクイザルへの投与実験では、最も優れた誘導体であるSG-ANP-Fcコンジュゲートにおいて半減期が14.9日に延び、血圧降下効果が28日以上持続した。本化合物は報告されているANP誘導体の中で最も作用が持続する化合物であり、従来は実現不可能であった、週単位または月単位の投与による外来治療への応用が期待される。

図2
図 2. Endo-S D233Q/Q303Lを利用したANPコンジュゲート体の合成スキーム
Fuc, フコース;GlcNAc, N-アセチルグルコサミン;Man, マンノース;Gal, ガラクトース;Neu5Ac, N-アセチルノイラミン酸;ANP (1-28), 心房性ナトリウム利尿ペプチド;SG-Asn, シアリルグリコアスパラギン;PEG, ポリエチレングリコール;DBCO-PEG, ペグ化ジベンゾシクロオクチン;DMSO, ジメチルスルホキシド。
2-2. Streptococcus pyogenes 由来エンドグリコシダーゼの効率的変異体創出

Streptococcus pyogenes由来のENGaseであるEndo-Sおよびその変異体(Endo-S D233A、Endo-S D233Q)を用いたHuangらの報告12を端緒に、化学酵素的アプローチによるmAb糖鎖改変技術の開発が活発に進められてきた。これまでに、基質特異性の拡張と反応効率化を目的とした探索により、Endo-S13、Endo-S214,15、Endo-Sd、Endo-Sz16などの酵素とその変異体が報告されている。本章では、反応効率化を目指して新規のEndo-S変異体を見出した我々の研究を紹介する。

ENGaseを用いた抗体の糖鎖改変では、酵素の活性中間体アナログである糖鎖オキサゾリンが用いられる。本法は、最適化された条件下で90%以上の糖鎖転移率が達成できる優れた手法だが、ENGaseによる抗体糖鎖の再加水分解が問題となる。この再加水分解を抑制するために大過剰の糖鎖オキサゾリンが系に投入されるが、Parsonsらが示すように、高濃度の糖鎖オキサゾリンはリジン残基への非酵素的な糖修飾を引き起こし、部位特異的な糖鎖修飾が損なわれる17。そのため、反応pHや糖鎖添加方法の最適化による糖化抑制が試みられている17,18。条件最適化後も依然として大過剰の糖鎖オキサゾリンが必要とされたため、我々は、加水分解活性を抑制しつつ糖鎖転移活性を向上させたEndo-S変異体を作出し、糖鎖使用量の低減を目指すことにした。

Endo-Sの構造情報に基づいて標的残基を推定し、部位特異的変異の導入により四重変異体を含む120種以上の変異体を作出した13。単一変異体ではEndo-S D233Qを上回るものは得られなかったが、多重変異体では加水分解効率が低下しつつEndo-S D233Qと同等以上の糖鎖転移効率を示すものが見出された。さらにこれらの有望な変異をEndo-S D233Qに追加導入したところ、より高い反応効率を示す変異体(D233Q/Q303L、D233Q/E350Q、D233Q/D405A)が得られた。これらは抗体に対して5当量という低濃度の糖鎖オキサゾリン存在下でも、90%以上の高い糖鎖転移率を示した(図 3)。

図3
図 3. 糖鎖供与体にオキサゾリン体とEndo-S二重変異体を使用する場合の糖鎖転移反応率の比較
eq, 当量;SG, シアリルグリカン;SG-Oxa, シアリルグリカンオキサゾリン;Endo-S, Streptococcus pyogenes由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ。
2-3. 化学酵素的アプローチによる糖鎖改変技術の工業応用に向けた課題と最近の進展

糖鎖改変抗体やADCなどの優れた薬理効果を有するモダリティが開発されているものの、化学酵素的アプローチの工業応用に向けては、製造工程の複雑さ、ならびに製造コストが依然として課題とされている19。代表的な手法では、ENGaseはバッチ方式で抗体に添加されるが、糖鎖の再加水分解を避けるため、糖鎖切断・糖鎖転移のいずれの反応においても後段工程での酵素除去が必要になる。精製には特異性の高いProtein Aクロマトグラフィーなどの手法が用いられ、こうした多段階の精製、あるいは、反応に用いる酵素の高純度化に係るコストが工業応用における主要な障壁となっている。

このため最近の研究では、生産スキームの簡素化に向けた検討が積極的に行われている。とくに固定化酵素を用いたアプローチは複数のグループから報告があり、ビーズ固定化ENGaseを用いたスキームなどが提案されている20-22。本法では、固定化酵素は遠心分離などの物理的手法で容易に除去でき、高額なクロマトレジンの使用を回避できる。

最近、我々は酵素固定化とフローケミストリーを組み合わせたスキームを開発した23。本スキームでは、野生型Endo-S、あるいはEndo-S D233Q/E350Qをヒスチジンタグ経由で固定化した2種のモノリスカラムをフローリアクターで連結し、連続的な糖鎖改変反応系とした(図 4のStep2)。CHO細胞由来の糖鎖が付加した抗体(ネイティブ抗体)をシステムに供給すると、上流カラムで脱糖鎖された後、フローリアクター上でオキサゾリン糖鎖と混合されて下流カラムに導入され、カラム通過液として高純度の糖鎖改変抗体が得られる。中間精製を必要とせず、2段階の酵素反応が連続的かつ自動的に進行するため、基質となる抗体とオキサゾリン糖鎖を準備し、システムを稼働させるだけで目的物が得られる。さらに我々は、オキサゾリン糖鎖の調製にも本手法を応用し、SGPの加水分解と副産物(GlcNAc-peptide)の除去をフロー系中で完結させるスキームを開発した(図 4のStep1)。構築した2つのスキームはカラムサイズの変更により容易にスケールアップが可能であり、SGPおよびネイティブ抗体を出発材料として、合計2.5時間でグラムスケールの糖鎖改変抗体を得ることができた。

図4
図 4. 固定化酵素とフロー合成による糖鎖改変抗体の生産スキーム
Endo-Rp, Rhizomucor pusillus由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ;Endo-S, Streptococcus pyogenes由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ;CEX, カチオン交換;SGP, シアリルグリコペプチド;SCT, シアル酸付加複合型糖鎖;SCT-OX, シアル酸付加複合型糖鎖オキサゾリン;CHT, セラミックハイドロキシアパタイト。

また、生産法の効率化という観点において、野生型ENGaseを用いたワンステップ合成法は注目に値するアプローチである。Shiら、およびZhangらのグループは、最適化された2糖オキサゾリン誘導体と野生型Endo-S2を用い、ワンステップで目的の糖鎖改変抗体を合成できることをそれぞれ報告した24,25。本手法では、生成物が野生型Endo-S2による再加水分解に対する耐性を有するため、ネイティブ抗体の糖鎖切断、ならびに目的糖鎖の転移をワンステップで完結できる。

2-4. オキサゾリン化糖鎖を用いない糖鎖転移反応法の開発

従来の化学酵素的アプローチでは、ENGase変異体の遷移状態類似基質である糖鎖オキサゾリンが反応に必要不可欠である26。しかし、リジン残基への非酵素的糖化と糖鎖オキサゾリンの低い安定性は、工業応用における重要な課題と考えられている19。糖鎖オキサゾリンは水溶液中、とくに糖化反応を避けるための酸性〜中性条件下で容易に加水分解される27。このため、糖鎖の合成から抗体糖鎖の改変に至るサプライチェーン全体を通じ、糖鎖オキサゾリンの品質管理には多大な労力を要する。

我々は糖鎖オキサゾリンに係る課題を回避するため、糖鎖オキサゾリンを使用しない新規ワンポット糖鎖転移反応を開発した13。本反応では、標的特異性の異なる2種のENGaseを組み合わせる。抗体Fc領域のN-結合型糖鎖を優先的に標的とするEndo-Sと、SGPを標的とするがコアフコシル化されたN-結合型糖鎖は標的としないEndo-Mである。図 5に各酵素単独または組み合わせでSGPを糖鎖供与体とした場合の抗体への糖鎖転移率を示す。Endo-S D233Q単独または野生型Endo-Mとの組み合わせでは糖転移率は最大13%に留まり、野生型Endo-SとEndo-M N175Qの組み合わせでも高い効率は得られなかった(図 5A)。一方、Endo-S D233QとEndo-M N175Qを組み合わせたところ高い転移率が達成でき、とくにEndo-S D233Q/E350Qを用いた場合には最大97%の転移率が得られた(図 5B)。なお、Endo-S D233Q/Q303LやSG-Asnを基質糖鎖とした場合は反応速度がやや低下する傾向があった。

図5
図 5. オキサゾリンを用いないワンポット反応における糖鎖転移反応効率
eq, 当量;SGP, シアリルグリコペプチド;SG-Asn, シアリルグリコアスパラギン;Endo-S, Streptococcus pyogenes由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ;Endo-M, Mucor hiemalis由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ。

本反応の推定反応機構を図 6に示す。SGPはEndo-Mにより活性中間体に可逆的に変換され(図 6における1)、この中間体の加水分解(図 6における2)が十分に遅い場合、Endo-Sによって抗体に糖鎖が転移すると推察される(図 6における3)。なお、Endo-MによるSGPの加水分解と同様に、生成物(SG-mAb)もEndo-Sによる加水分解を受け得る点に留意が必要である。

図6
図 6. 糖鎖供与体としてSGPを用いたワンポット糖鎖転移反応系の仮説モデル
SGP, シアリルグリコペプチド;Endo-M, Mucor hiemalis由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ;Endo-S, Streptococcus pyogenes由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ酵素;Fuc, フコース;Man, マンノース;Gal, ガラクトース;Neu5Ac, N-アセチルノイラミン酸。

本方法で高い糖鎖転移率を達成するには、2種類のENGaseそれぞれについて、加水分解活性が抑制された変異体を使用することが重要である。用いる酵素の組み合わせは、GH85ファミリー(Endo-M、Endo-CC28、Endo-Om29、Endo-Rp30など)とGH18ファミリー(Endo-S、Endo-S231、Endo-Sd32、Endo-Sz16、Endo-Se32、Endo-Si(S. iniae由来33)など)から任意に選択できる。我々は、複数の酵素の組み合わせと反応条件の最適化を進めている。図 6は、Endo-S、Endo-S2、Endo-Si、Endo-Sz、Endo-M、Endo-Rpを組み合わせた場合の糖鎖転移率の比較結果である。40当量のSGPを添加して2~24時間後に評価した結果、比較的高い反応効率を示す酵素の組み合わせが見出された。また、ここでは詳細に述べないが、酵素の組み合わせ、ならびに反応条件をさらに最適化し、より少量の糖鎖供与体(SGP)で高い糖鎖転移率を達成することも可能となっている。

図7
図 7. SGPを用いたワンポット反応における2種類のENGase組み合わせの例
eq, 当量;SGP, シアリルグリコペプチド;Endo-S, Streptococcus pyogenes由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ;Endo-S2, Streptococcus pyogenes(血清型M49)由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ;Endo-Sz, Streptococcus equi subsp. zooepidemicus由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ;Endo-Se, Streptococcus equisimilis由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ;Endo-Si, Streptococcus iniae由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ;Endo-M, Mucor hiemalis由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ;Endo-Rp, Rhizomucor pusillus由来のエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ。

3. 結論と展望

本稿では、ENGase触媒により糖鎖修飾されたANP誘導体の合成、有望なENGase変異体の創出、および糖鎖改変抗体の工業生産に向けた検討に焦点を当てた。糖鎖原材料および糖鎖オキサゾリンの生産についてはレビューの対象外としたが、糖鎖生産の分野においても、多数の研究グループによって特許が継続して出願されている。これらの動向が示すように、ENGaseの基質となる糖鎖の安定かつコスト効率の良い供給も、酵素化学的アプローチによる糖鎖改変技術の工業応用に向けた重要な課題の一つであると考えられる。


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