Aug. 03, 2026

ヒト由来エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ(ENGase)
(Glycoforum. 2026 Vol.29 (4), A15)
DOI: https://doi.org/10.32285/glycoforum.29A15J

鈴木 匡

鈴木 匡

氏名:鈴木 匡
理化学研究所 開拓研究所 鈴木糖鎖代謝生化学研究室 主任研究員
1997年東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 博士課程修了(博士(理学);指導教官:井上康男教授 および榎森康文助教授)。同年7月より米国ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校ポスドク研究員(ウィリアム J. レナーツ教授)。その後研究科学者、研究助教授を経て2001年12月にJSTさきがけ研究21研究者として帰国。2002年2月より東京大学理学部で科学技術振興特任教員;2004年1月より大阪大学医学部にて特任助教授(2007年4月より特任准教授);2007年10月より理化学研究所システム糖鎖生物学研究グループ 糖鎖代謝学研究チーム チームリーダー。2018年4月より現職。

序文

エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ(ENGase)はN型糖鎖の根元のN,N’-ジアセチルキトビオース(GlcNAcβ1-4GlcNAc)構造中のグリコシド結合を切断する加水分解酵素で、N型糖鎖の構造解析のツールとして長年広く使われてきた。ヒトを含む動物細胞に広く分布するENGaseは細胞質に存在し、遊離N型糖鎖(FNGs)の分解機構に関わることが明らかにされている。最近では、ENGaseが糖タンパク質に直接働き得ることも示され、その生理的役割への関心が高まっている。Engase-KOマウスは特に表現型が見られない一方で、その遺伝子欠損は同じく細胞質に存在する脱N型糖鎖酵素NGLY1(PNGase)のKOマウスの胚性致死性を部分的に回避し、ヒト遺伝性稀少疾患であるNGLY1欠損症の創薬ターゲットとして注目を集めている。最近、ENGaseによりNgly1-KOマウスの表現型が抑制される分子メカニズムの一端が明らかになり、E3ユビキチンリガーゼ複合体SCFFBS2-ARIH1を介した非常に複雑な分子機構の存在が示された。

1. 細胞質ENGase

エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ(ENGase; EC 3.2.1.96)は古くからアスパラギン結合型糖鎖(N型糖鎖)の構造や機能の解析に広く使われてきた酵素である1。哺乳動物におけるENGase活性は1974年に木幡陽先生の研究室から最初の報告があり2、さらにフランスのJ Montreuilのグループが哺乳動物由来ENGase活性は主に細胞質画分に存在することを報告した3。その後1981年にヒトにおけるENGase活性が初めて報告されている4,5

CAZyデータベース6の分類によると、ENGaseは構造上Glycoside hydrolase (GH) family 18と85に分類されるが、動物細胞の細胞質に広く見られるENGaseはGH85に属する。哺乳動物ENGaseは細胞質における遊離N型糖鎖(Free N-glycans; FNGs)のプロセシング(“非典型糖鎖代謝”)に関わる(図 1)。ENGaseの反応が起こらないと、その後の細胞質マンノシダーゼ(Man2C1)の反応も阻害されるので、主にMan8-9GlcNAc2が蓄積する7

図1
図 1. 哺乳動物細胞質における非典型糖鎖代謝機構8
小胞体から放出されたオリゴ糖転移酵素(OST)の加水分解によって生まれた遊離N型糖鎖(FNGs)、およびNGLY1によって糖タンパク質から切り出されたFNGsは、いずれも細胞質においてENGase、Man2C19による作用を受けてMan5GlcNAcという構造まで分解された後、未同定のリソソーム膜糖鎖トランスポーターによってリソソームに取り込まれる。

2. ヒトENGaseの基質特異性 -コアFucは活性を阻害するか?

ヒトにおけるENGase遺伝子は2002年に報告された10。本酵素の基質特異性について、高マンノース糖鎖により特異的に働く一方で、コアFuc付きの糖鎖にはほとんど反応しない、と報告されている5,11。この結果は今後慎重に再検証を行う必要がある。というのも、ヒトを含めた哺乳動物組織にはしばしばグライコプロテオミクス解析でHexNAc-dHex(GlcNAc-Fucと想定)という糖鎖が散見されており12-14、これらはENGaseの作用によって生成したと容易に想像されるからである。今後は化学合成したコアFucを持つ糖ペプチド15などを用いて、コアFucの有無がENGase活性にどのような影響を与えるか調べる必要があるだろう。

3. NGLY1欠損症の治療標的遺伝子としてのENGase

ヒトENGaseは非常に広い組織発現分布を示しており10、細胞にとって基本的な機能に関わると期待されたが、KOマウスにおいて顕著な表現型が観察されなかったこともあり16、その機能の重要性は未だ不明である。興味深いことに、Engase-KOのマウス線維芽細胞(MEF)において細胞質に蓄積するFNGsの構造は大きく変化するものの、FNGsの量自体は大きな変化が見られない7。このことから細胞質における糖鎖の分解経路には、図 1に示すようなENGase-MAN2C1のプロセシングに依存せず、リソソームに細胞質遊離糖鎖をターゲットする(例えばオートファジー経路のような)バックアップ経路が存在すると考えられる。あるいは、細胞質のFNGsがある条件下で細胞外に放出される可能性もあるが、そのようなプロセスは今の所どの生物においても明らかにされていない。

驚いたことに、EngaseのKOは同じく細胞質に存在する脱N型糖鎖酵素、Ngly1(PNGase)-KOマウスの胚性致死性を部分的に回避する16。先に述べたようにEngase-KOマウスは見た目野生型と同様なので、ENGaseに特異的な阻害剤が開発できればNGLY1欠損症患者にとって治療標的となり得ることが期待される。私たちはNGLY1欠損症の病態の一部として、細胞質に(ENGaseが直接細胞質の変性糖タンパク質に作用することによって生成する)N-GlcNAcを持つタンパク質が過剰に生成されることによって引き起こされる、という仮説を提唱している(N-GlcNAc仮説)17,18

4. ENGaseによるNGLY1欠損症の症状緩和の分子機構

さらに最近、都医学研の吉田雪子先生を中心にENGaseのNGLY1欠損症における病態発現における役割の一端が明らかにされた19。その機構はとても複雑だが、詳細は是非先生自身が執筆されたGlycoforum(https://www.glycoforum.gr.jp/article/28A13J.html)を参照いただきたい。要約すると”特にNGLY1欠損状態では、転写因子NRF1/NFE2L1上のN型糖鎖がENGaseによって部分的に切断され、N-GlcNAc構造が形成される。この“部分的にENGaseが働く”というのが肝で注1)、糖鎖が完全に切断されると糖鎖認識E3ユビキチンリガーゼ複合体SCFFBS2- ARIH1による認識が起こらない。形成されたN-GlcNAc構造(主に6位水酸基)は、SCFFBS2- ARIH1のユビキチンアクセプターとして機能することで非典型ユビキチン化が生じる。その結果、複雑なユビキチン鎖をもつNRF1が蓄積し、NGLY1欠損症の病態発現の原因になる”ということである(非常に複雑だ、ということがお分かりいただけただろう)。

ここで大事なことはここでみられる”NRF1に対するユビキチン化“がマウスの表現型と非常によく対応しているところである(図 2)。

図2
図 2. Ngly1-KOマウスの表現型と治療標的
詳細は本文参照のこと。Yoshida Y et al Mol Cell 202419より一部改変。NS/NT: N型糖鎖付加コンセンサス配列;S/T: SCFFBS2- ARIH1による非典型ユビキチン化可能部位。

すなわち(上)Ngly1-KOマウスにおいては、このユビキチン化糖タンパク質が蓄積することで、病態が発現する(C57BL/6マウスでは胚性致死になる16)(中)Ngly1 Engase-ダブルKOマウスでは、Ngly1欠損下でもENGaseによるN-GlcNAc(SCFFBS2- ARIH1によるユビキチン化部位)形成が起こらない。その結果、SCFFBS2- ARIH1による非典型ユビキチン化反応は大きく抑制される。一方、SCFFBS2- ARIH1によるユビキチン化は、NRF1以外の糖タンパク質にも生じ得るため、ユビキチン化反応そのものが完全に消失するわけではない。C57BL/6マウスではNgly1 Engase-ダブルKOマウスの胚性致死性は部分的に回避されるが、生まれたマウスは成長不全をはじめ、加齢とともに振戦、背骨の彎曲といったNGLY1欠損症患者の症状に似た表現型を示す16。(下)Ngly1 Fbs2-ダブルKOマウスは、そもそもFBS2による糖鎖の認識が行われないため、SCFFBS2-ARIH1によるユビキチン化は完全に阻害される。従って、C57BL/6系においてNgly1 Fbs2-ダブルKOマウスはNgly1-KOマウスの胚性致死性をほぼ完全に抑制し、生まれるマウスの運動機能は野生型と遜色なく、加齢に伴う表現型も観察されていない20

ここで、NRF1の一次構造上の特殊性に目を向けないといけない。NRF1はN型糖鎖付加部位が(NSTドメインと呼ばれる)中央部分に集中し、その周りに通常ユビキチン化のアクセプターとなるLysが全くない(図 3)。NRF1がSCFFBS2-ARIH1による非典型ユビキチン化を受ける背景には、このような独特な一次構造が関係している可能性がある。一方で、このようなN-GlcNAcを介した非典型ユビキチン化を受ける基質は他にもあるのか、という疑問も依然として残る。細胞レベルの解析では、NGLY1-KO HeLa細胞におけるFBS2の過剰発現の致死性は同時にNRF1を欠損させると緩和されるので20、細胞レベルで致死的な影響をもたらす主要な非典型ユビキチン化のアクセプターはNRF1と言えそうであるが、それ以外にも同様のN型糖鎖を介した非典型ユビキチン化を受けるタンパク質があるのか、ある場合はNGLY1欠損症の病態にどのような影響を及ぼすのか、は未解決であり、今後の課題である。

注1)ENGaseの反応の意義として、糖鎖を“部分的に”刈り取ることで、SCFFBS2-ARIH1複合体がNRF1にアクセスしやすくなる効果もあると推察するが、複雑すぎるので本文では割愛する。

図3
図 3. NRF1の糖鎖付加部位とリジン残基の分布
中央の糖鎖付加部位が集中した部位(NSTドメイン)付近にリジンが全くないことがわかる。

5. 終わりに

先に述べた通り、今の所Engase-KOマウスに顕著な表現型が見られておらず、哺乳動物ENGaseの機能的な重要性はまだ謎であるが、きっとあるコンテクストでは大事な役割を働いているに相違なく、今後の研究の進展を待ちたいところである。

最後にこのreviewシリーズに関連して一言付け加える;ヒトENGaseにglycosynthase活性はあるだろうか?私自身そのような研究は目にしたことがないが、活性中心付近の糖転移に重要とされている残基を含め21、活性中心部位周辺の配列はヒトENGaseと線虫のENGaseオルソログで保存されており、その線虫ENGaseに糖転移活性が見られることから22、おそらくその答えはYesであろうと想像する。

謝辞

東京医学総合研究所の吉田雪子先生、および名古屋大学糖鎖生命コア研究所の黄澄澄先生には本論文の執筆にあたり貴重なご意見を賜り心より感謝申し上げます。


References

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